「家族が引き継ぐのではなく、一緒にやってきた人が引き継ぐべきだ」 M&Aでも上場でもない中小企業の事業承継の新しい形(前編)
日本企業の99%を占める中小企業で、事業承継が問題となっている。中小企業庁は、中小企業は「雇用や技術の担い手として日本を支える重要な存在」であり、「将来にわたってその活力を維持し、発展していくため、中小企業の事業承継は日本社会にとって重要な取り組み」としている。後継者不足を理由とする廃業も増えており、2023年の廃業理由の28.4%が後継者不在による廃業だ。
事業承継を行おうとした場合、株式上場を除けば、親族への承継か、M&Aがほとんどだ。しかし、親族への承継やM&Aにも問題がある。例えば、承継させる適当な親族がいない場合はどうなるのか。また、M&Aをしても、必ずしも望ましい形で引き継がれるとは限らない。
事業承継の出口が見つからない中、その問題に成功した会社がある。「自分としては事業承継がすごくうまくいっている気がする」と語るのは、株式会社エコテックの前社長で現会長の星山崇行さんだ。1991年の創業以来34年もの間、会社を率いてきた星山会長に、M&Aでもなく上場でもない、中小企業の事業承継の新しい形について聞いた。(前後編の前編)
■人の縁に乗っかり進むことで、事業を進めてこられた
「私、大学にいってないんですよ。だから二十歳くらいのときに、同級生が大学を出たときまでに、自分は社長になろうっていうのを何となく決めてたんですね」
そう振り返る星山会長。まず目をつけたのは雑貨屋だった。
「当時、無印良品が、青山にできたんです。私は原宿に住んでいて、そこに行ったときにびっくりしたんです。というのは、それまでの雑貨という商品の見せ方は、デパートなどでタオルや食器などを『アイテム別に陳列』していたのですが、無印良品では、『無印というノンブランドの雑貨』をひとつのコーナーにまとめたり、ひとつの店舗に仕上げて『新たな価値感』をお客様に提案していたんです。ノンブランドというブランドに、『なんじゃこりゃ!!』って感じで衝撃的でした」
「そしたら、西友が無印良品をやっていることが分かったので、アポも取らずに強引に会社を訪問し、戦略営業部の担当部長にまでたどり着いたんです。そこで私は『無印良品に感動した。ぜひ販売をさせてくれ』と、3日間通い詰めたんです。
でも、当時の西友は、無印良品を直営だけで大切に拡げていくという方針で、『星山さんの熱意には感動して、3日間話を聞かせてもらったが、残念だけど、会社の方針なので、意に添うことは出来ない』と、断られました。でもそこでめげずに、だったら自分たちで無印良品風の雑貨屋をやってしまおう!!となりました」
こうして、下北沢で開いた店舗は、実際にはかなり路線が変わったものの、独特のセンスある展示、商品と店員の制服が話題になり、あっという間に人気店となった。「ananにも載ったし、CanCam創刊号にも載ったよ」と星山会長は笑う。
その後、懇意にしていた洋服屋さんの縁で、PARCOに当時なかった、衣料と雑貨の複合店として興味をもってもらい、PARCOに入ることとなった。 その後PARCOでも、当時は珍しかった革のハーフコートを、真夏に『革の予約販売』という手法を用いて大いに売り、加えて全国のキャラバン販売でも革のコートを年間5万枚も売ったという。
その後創業したのが、エコテックだ。
「フロアコーティングの技術はまだ企画段階だったのですが、マンションのオプション販売会で注文を取ってしまったんです。もともと紫外線硬化型のコーティングの技術自体はあったんですが、誰も床に使っていなかった。扉やテーブルに使っていたんですが、それを床に使おうと思いました。もしかすると、世界でも初めてだったかもしれませんね」
起業家として成功の秘訣を聞くと「そんなに物事を突き詰めて研究してというよりも、人の縁で集まったことに対して、とりあえず乗っかってみて、やってしまえということですね。失敗することが怖くなかったんです。だから、遊びの延長の中でやっていった。そのうちにだんだん成長していったというところです」と星山会長は振り返る。
■会社はみんなが夢を追うための存在、立ちはだかる借入裏書問題
「もともと私が23で会社を始めた当時、お金がなくてスタッフに十分な給与を払えなかったんです。だからミーティングで、『将来いろいろな会社をつくって、その社長を月1回ホテルの一室に集めて、ブランチをしながら報告会をするのが夢だ!!』と、話していました。そんなことをその頃から本気で思っていました」
つまり、星山会長にとって、会社はみんなが夢を追うための存在なのだ。だからこそ、事業承継は「家族で社長を引き継いでいくものではないと思っていました」という。しかし、そこで立ちはだかったのが、借入の裏書の問題だった。
「ある人に、役員に経営をバトンタッチしても、借入の裏書は、あんたの名前なんだよと言われて悩んでしまって、M&Aも検討しました。東京国際フォーラムまで話を聞きに行ったんですけど、これも違うなと思った。手数料ビジネスだと。なのでM&Aも1回忘れたんです」
「そしたらある時、思い切って地元の信用金庫に声をかけ、『金額は少額でも、利息はいくら高くても良いから、とにかく裏書きなしで融資をして欲しい!!』と、強引にお願いしたら、たまたま通っちゃったんです。だったら他行もとなって、あとは芋づる式にB行、C行とやっているうちに、裏書き問題が解決してしまったんです」
■社長引き継ぎプロジェクトを開始
社長を引き継ごうと思ったきっかけは、6年前、皆の目に感じた違和感だったという。
「みんなの目があさっての方向に向かっている気がしてきた。このままではまずいなと思ったんです。私は朝一番から遅くまで会社に残って、皆を見ていたんですが、営業マンがみんなコソコソと帰るようになった。調子が悪くなったのを、他責にして、価格のせいにしたり、世の中のせい、人のせいにしたりして、自分でそれを何とかするというのを感じられなかったんです。これはまずいなと思いました」
そこで引退を思い至ったという。
「家でも同じようなことがあるじゃないですか。子どもが非行に走ったときに、親父が病気になるとか、あと1年で死ぬってなったら、家族がまとまるって。その時ふと思ったんです。そっか、俺やめちゃえば良いんだって」
その時、星山会長(当時は社長)は59歳。65歳で辞めることを宣言した。そこから社長引き継ぎプロジェクトが始まった。
「最初はみんな信じなかったんです。最初の2年間は、今の専務や今の社長にダメ出しをたくさんしたんです。そしていろいろな話をしながら、ぶつかりあったんですね。2年経ったあたりで行けそうだなって思った。社内でも『どうやら本当に辞めるらしい』という空気になってきた」
■資本と経営を分離、社長2人で美味しい料理に
エコテックの代表取締役には、2025年2月より、伊藤大輔社長が就任した。
「伊藤社長は、数名の候補者の中で、ディフェンス力が強いなと感じたんです」と星山会長は伊藤社長の力を評価する。
「私は経営から手を引き、株式に関して言えば、属人株を2株だけ持って、あとは子供に譲りました。なので今は、株は私の子供が持ち、経営は伊藤社長が行っています。そこに関しては、正直、伊藤社長がどう思っているのかと心配もありました」
「そんなとき、たまたま、ある場所で伊藤社長が話しているのを聞いたんです。『自分は社長として社長の役割をきっちり果たすのが仕事で、資本の話は別なんです』と。それを聞いて、非常にありがたいな、そこを分かってくれていると思いました。プロ野球だって、監督とオーナーは違うわけで、そこは伊藤社長の頭の良さというか、そういうところを理解してもらっているからこそ、私も下手なことはできないなと考えています」
「エコプロコートの社長を長尾社長にしようと言ったのは、伊藤社長なんです。あるとき、コーティング業界で女性社長はいないねということになり、よくよく考えてみると、長尾社長は、営業の推進力がとてもあるんですね。何かを依頼するときも、彼女は必ず期待以上のものにつなげてくれて、コシの強いところが強みですね。長期的なものを考えて、土の中で土壌を育てていく伊藤社長と、土の上で営業を成長させていく長尾社長の2人がいてもらっていることによって、バランスが非常に良かったと思っています。それぞれ個性があって、混ぜたら美味しい料理になっちゃったねという感じです」
■「老いては子に従え」と「親しき仲にも礼儀あり」
一般的に苦戦すると言われる事業承継がうまくいった要因について、星山会長に聞いた。
「やっぱりスタートのときに本音で話し合って、お互いに痛い思いをしたから得られる信頼関係ですね。腫れ物を触るような付き合いの仕方もあるんでしょうけど、そこに踏み込んでいくことによって、得られる成果もあって、そこは非常に上手くいったのかなと思っています」
「僕も若いときに、年寄りの社長や会長によく言ったんですよ。若いくせに何言うんだって僕も言われたんですけど、そのときいつも『老いては子に従えって言うじゃないですか』ってよく言いました。それを覚えてるので、自分も歳を取ったら、若い人の意見や子供の意見を聞いて従うのも一つだなと思っていました」
これから事業承継をしたいというオーナー社長に対して、メッセージを聞いた。
「事業承継相手の決め方は、やはり能力も大切ですが、最優先は人間性や、人としての信頼度が大事ですね。私の場合、それなりの年月、社内のメンバーを見てきて、ピンチの時でも言い訳をしたり、逃げたりしない責任感、意志の強さも重要だと感じました」
「やっぱりね、家族って甘えちゃうんですよ。うち娘もこの会社にいますけれども、娘には伊藤社長に全部任せて、伊藤社長の困りごとを普通のスタッフのひとりとして支えなさい、そこは切り分けなさいっていうのだけは言ってるんですよ。家族だと甘えが出るんですね。私も長尾社長だとか伊藤社長に対して遠慮があるし、親しき仲にも礼儀がありじゃないですが、そこの線引きは必要だと思う。その上で意見を交わすことは非常にいいですけど、そういうのもひっくるめて、バランス感覚なのかなって思うんですよね」
(後編に続く)
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