百貨店が挑むデジタル改革、OMO融合で進化する購買体験

かつて百貨店は、都市の中心地で特別な買い物体験を提供する存在でした。しかし消費スタイルの多様化や人口減少、EC市場の拡大などが進み、かつての輝きを保つことが難しくなっています。特に新型コロナウイルス感染症の拡大期を経て来店客数が大きく減少したことで、従来の店舗中心モデルを見直す必要性が急速に高まりました。そうした状況のなか、百貨店各社はオンラインとオフラインを一体化する「OMO(Online Merges with Offline)」という概念を軸に、デジタル改革を本格的に進めています。単なるECの強化ではなく、リアル店舗での価値とデジタルの利便性を掛け合わせた新たな購買体験の構築が、再成長への鍵となりつつあります。

 

データと体験を統合するOMO戦略の中核

OMOの中心となるのは、顧客の購買行動全体を一つの体験として設計することです。伊勢丹新宿本店では、公式アプリを通じて在庫やサイズの確認、店舗での受け取り予約までを完結できる仕組みを整えています。来店前に商品を選び、店頭では受け取るだけという流れを確立したことで、店頭スタッフは接客や提案に集中でき、顧客も待ち時間のないスムーズな買い物を楽しめるようになりました。この取り組み後、同店のアプリ利用者数は前年比で約40%増加し、来店頻度も1.3倍に上昇したと報告されています。

こうした変化を支えているのは、データを活用した高度なマーケティングです。大丸松坂屋百貨店では、会員アプリに紐づけた購買履歴をAIで分析し、個々の嗜好に合ったクーポンや情報を自動的に配信する体制を構築しました。この施策によって、クーポンの利用率は導入前と比べて約1.8倍に向上し、再来店率も1.5倍程度に高まったとされています。データを軸に購買行動を読み解き、一人ひとりに最適化された提案を行う仕組みが、OMOを成功に導いているといえます。

 

経営効率と投資価値を高めるデジタル改革

OMOによって生まれた変化は、販売施策にとどまらず経営全体にも波及しています。オンラインとオフラインを統合した在庫管理や販売データの一元化により、仕入れ精度の向上や在庫ロスの削減が進み、運営コストを抑えながら利益率を改善する動きが広がっています。実際に三越伊勢丹ホールディングスでは、デジタル投資を本格化させた2023年度以降、営業利益率が3%台から4%台にまで上昇しました。デジタル改革は単なる販売促進にとどまらず、経営基盤そのものを強化する施策と位置づけられています。

こうした取り組みは投資家からも注目されています。百貨店が保有する都心一等地の不動産価値にOMOによる成長性が加わることで、百貨店を組み込む商業リート(不動産投資信託)への資金流入も拡大しています。三井不動産が運営する商業施設では、OMO対応強化後にテナント売上高が平均20%以上増加したという実績があり、この流れは百貨店セクターにも波及していると考えられます。購買体験の刷新が、企業価値や投資対象としての魅力向上にもつながっているといえるでしょう。

 
SC連携で広がる新たな商業エコシステム

今後の発展には、百貨店単体での改革にとどまらず、周辺のショッピングセンター(SC)など他業態との連携が重要になります。百貨店の高級感や専門性と、SCの利便性や日常性を組み合わせることで、より多様な顧客層にリーチできるからです。阪急阪神百貨店グループでは、百貨店とSCの双方で利用できる共通会員アプリを導入し、ポイントやクーポンを横断的に活用できる仕組みを整えました。その結果、施設全体での回遊率は約25%向上し、一人あたりの購買単価も18%増加しています。

さらに、百貨店は地域経済における人流のハブでもあります。観光庁の統計では訪日外国人1人あたりの百貨店での平均購入額は約4.3万円に達しており、OMO化によって来街者数が増えることで、周辺の飲食店や宿泊施設への波及効果も期待できます。百貨店を中心としたSC連携型の都市商業モデルは、個々の店舗の売上向上だけでなく、地域全体の商業エコシステムを再構築する取り組みといえるでしょう。

 
まとめ:都市型商業の未来を拓くOMO融合

百貨店業界が進めるデジタル改革とOMO融合は、単に販売チャネルを増やすだけでなく、購買体験そのものを再設計する挑戦です。アプリやAIを活用した個別最適化、在庫や販促の一元管理による効率化、そしてSCとの連携による人流の創出など、多面的な施策が同時に進んでいます。その成果は、顧客満足度や来店頻度の向上に加え、利益率や投資価値の上昇という形でも表れ始めています。
百貨店は今、都市型商業の新たなスタンダードをつくる存在へと変化しつつあります。デジタルとリアルを融合させたOMO戦略は、かつての百貨店の華やかさを現代的な価値へと進化させ、都市と地域経済の未来を支える基盤となる可能性を秘めています。

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