暮らしに溶け込むテクノロジー:デジタル庁の施策で暮らしはどう便利になったか
スマートフォンが「持ち歩く役所」として機能する社会の到来
2021年にデジタル庁が発足してから、日本の行政サービスは大きな転換期を迎えました。2026年の現在、行政手続きの多くがスマートフォン上で完結するようになり、市役所や区役所の窓口に足を運ぶ機会は以前と比べて大きく減少しています。数年前までの行政手続きは、同じ住所や氏名を何枚もの書類に書き込み、窓口で長時間待つことが当たり前でした。引っ越しや結婚、出産といった人生の節目のたびに何度も同じ情報を書き込む体験は、多くの人にとって負担だったといえます。
こうした状況を変えたのが、デジタル庁が掲げた「ワンスオンリー原則」です。一度提出した情報を行政内部で共有し、再提出を求めないという考え方であり、行政DXの中核理念となっています。この仕組みが広がったことで、行政サービスは紙中心の制度からスマートフォン中心のデジタル設計へと移行しました。その基盤として重要な役割を担っているのがマイナンバーカードです。総務省の公表資料によれば、2025年時点でカードの保有率は約8割を超え、日本社会の主要な本人確認基盤として定着しています。健康保険証としての利用や運転免許証との一体化も進み、医療機関や行政窓口での手続きは大幅に簡略化されました。
このカードと連動する行政ポータル「マイナポータル」も大きく進化しています。年金情報の確認や確定申告、子育て支援の申請などがスマートフォンから操作できるようになり、行政サービスの体験は従来よりも直感的なものへと変化しました。民間企業で活躍してきたエンジニアやデザイナーの知見が行政システムに取り入れられたことも、使いやすさ向上の重要な要因といえます。
データ連携が生み出す「申請しなくても届く行政」の仕組み
行政のデジタル化が進む中で、サービスの提供方法そのものも変わりつつあります。従来の行政制度は、必要な制度を自分で調べて申請しなければ支援を受けられない「プル型」が中心でした。しかし現在では、個人の状況に応じて必要な支援を政府側から知らせる「プッシュ型」の行政サービスが広がり始めています。
子どもの年齢に応じた予防接種の通知や児童手当の案内がスマートフォンに届き、そのままオンライン申請できる仕組みは、その代表例といえます。利用者が制度を探すのではなく、必要な制度が自然に届く社会は、行政サービスのあり方そのものを変える可能性を持っています。この仕組みを支えているのが政府共通のクラウド基盤「ガバメントクラウド」です。各省庁や自治体が個別に保有していたデータを安全に連携させることで、行政手続きの迅速化が実現しました。災害対応の分野でも効果が確認されています。2024年の能登半島地震では、被災者情報のデータ照合によって罹災証明書の発行や支援金の給付が迅速化され、従来より処理時間が大幅に短縮されたと報告されています。
行政データの活用が広がるほど重要になるのがセキュリティです。デジタル庁は「ゼロトラスト」という考え方を採用し、利用者認証や通信の安全性を多層的に確認する仕組みを導入しています。利便性と安全性を両立させる行政システムの構築は、日本の行政DXの重要な課題と位置づけられています。
誰もがテクノロジーの恩恵を受けられる社会を目指して
行政のデジタル化が進むほど重要になるのが、すべての人がその恩恵を受けられる社会を実現することです。スマートフォンの操作に慣れていない人や高齢者にとってオンライン手続きは難しく感じられる場合があります。デジタル化が新しい格差を生んでしまっては、本来の目的から外れてしまいます。こうした課題に対応するため、日本では「デジタル推進員」の取り組みが進められています。郵便局や公民館、商業施設などでスマートフォンの使い方や行政サービスの利用方法をサポートする活動が行われており、デジタル化のハードルを下げる役割を担っています。
AI技術を活用した行政相談サービスも普及し始めました。自然言語処理を用いたチャットボットが24時間対応することで、電話窓口がつながりにくいという問題は徐々に改善されています。利用者の質問内容を理解し、制度や手続きを分かりやすく説明する仕組みは、行政サービスの新しい窓口として機能し始めています。アクセシビリティの改善も進んでおり、視覚や聴覚に配慮した音声読み上げや字幕表示などの機能が標準化され、これまで情報にアクセスしにくかった人々にも行政サービスが届きやすくなりました。デジタル化は効率化のための技術にとどまらず、社会の包摂性を高めるインフラとしての役割を担い始めていると考えられます。
行政DXの次の段階として期待されるスマート社会の可能性
行政デジタル化の基盤が整いつつある現在、日本社会は次の段階に入り始めています。その一つが「スマートシティ」と呼ばれる都市づくりです。都市の交通データや消費データを匿名化して分析することで、公共交通の効率化や都市計画の改善につなげる取り組みが各地で進められています。また、健康データを活用した予防医療の研究も進み始めており、生活習慣の改善や医療費削減につながる可能性が期待されています。高齢化が進む日本では医療費の増加が大きな課題となっており、データを活用した健康管理は社会的にも重要なテーマといえるでしょう。
日本は人口減少社会に入りつつあります。内閣府の推計では、2060年には総人口が約8700万人程度まで減少すると予測されています。こうした環境の中で社会を維持するためには、デジタル技術を活用した効率化が不可欠になると考えられます。エストニアなど電子政府で先行する国々を参考にしながら、日本は独自の行政DXを進めてきました。文化や制度の違いを踏まえながらデジタル化を進める取り組みは、世界的にも注目されつつあります。
行政DXが目指しているのは単なる手続きの効率化ではなく、人々の生活の質を高める社会の実現です。スマートフォンが役所の機能を担う社会は、時間の自由を生み出し、人々の生活の選択肢を広げていく可能性があります。テクノロジーが行政の基盤となることで、政府はより身近な存在へと変わっていくのではないでしょうか。
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