訪日客減少は本当に避けられない?中国の規制強化から見える課題

現在の日本と中国の関係は、経済的な往来が戻りつつある一方で、政治や安全保障をめぐる緊張が続くという揺れのある状況にあります。訪日旅行市場では、2024年に外国人旅行者全体の消費額が約8.1兆円へ伸び、そのうち中国からの旅行者による支出が約1.7兆円に達したと推計されています。こうした数字を見ると、日本の観光産業にとって中国が巨大な市場であることがよく分かります。
ところが、2025年秋以降に起きた外交的な対立を受けて、中国政府が自国民に向けた旅行警告や日本産水産物の禁輸再開を発表し、航空券や団体旅行のキャンセルが短期間で大幅に増えました。本来であれば年間の訪日客数が過去最高を更新する勢いだったところに急な制動がかかった形になり、観光地や都市部の事業者には不安が広がっています。
とはいえ、これまでの回復傾向や他国からの需要は明るさも含んでおり、減少の可能性を一方向だけで捉えるより、状況に応じた対策を考える姿勢が求められているといえるでしょう。
中国の旅行警告が与えた“急減速”の実態
2025年11月、中国当局は日本への渡航を控えるよう呼びかける公式の注意喚起を出しました。この発表は、日本の首相による台湾情勢への言及を受けて中国側が強く反発したことを背景にしています。その後、複数の大手国有旅行会社が日本行きツアーの販売停止を決め、航空会社も日本行きの便について払戻しや変更に応じる方針を示しました。報道では、注意喚起が出てから数日間のうちに、日本行き航空券のキャンセルが50万件超に達したとされ、現場の混乱がうかがえます。
この影響は、団体客に支えられていた地域ほど顕著に表れています。特にチャーター便やクルーズを軸にしてきた北海道や九州、関西の一部では、12月以降の宿泊予約の減少が速いペースで進み、旅行会社の売上予測にも影響が出ています。中国からの旅行者は一人当たりの支出が高く、家電・化粧品・免税品など幅広い分野で購買力が大きかったため、人数が減ると地域経済への影響が広がりやすいと言えます。
ただ、2025年の前半から秋にかけて中国からの訪日客数が力強く回復していたことも事実です。1〜10月では前年同期比40%以上増となり、約820万人が日本を訪れていました。こうした流れが続いていれば2025年通年では過去最高を更新する可能性があったと考えられ、今回の急減速は「急に生じた外部要因による変化」と見ることができます。回復基調が完全に途絶えたわけではなく、外交環境の改善次第で戻る余地が残されているとも言えそうです。
観光産業が抱える脆弱性と地域への波及
観光産業は複数の業界が連動して成立する特徴があり、特定の国からの旅行者に依存した構造は変動に弱い面を持っています。2024年の旅行消費額のうち約1.7兆円が中国からの旅行者によるものと推計されており、この層が一時的に減るだけでも宿泊、飲食、交通、小売など幅広い事業に影響が広がります。特に免税店や都市部の商業施設では、これまで中国語対応の接客を中心に運営してきた店舗も多く、交流の減速が現場の人員配置や在庫計画に影響する可能性があります。
水産物の禁輸再開も、観光地の魅力づくりに影響を及ぼしかねません。地元の食材が提供しにくくなれば、旅行者が体験できる食の幅が狭くなり、地域の観光価値にも影響が出る恐れがあります。沿岸部の地域経済では、漁業や水産加工業と観光が密接につながっているケースも多く、国外からの規制が地域全体の収益に影響することが想定されます。
こうした状況は、訪日客数の増減が観光地の雰囲気だけではなく、生活や雇用の安定にも深く関わっていることを示しています。数字として見える影響だけでなく、地域社会がどのように持続するのかという視点も重要だといえるでしょう。
リスクを和らげるための現実的な対応策
訪日客減少のリスクに備えるうえで、日本が取れる選択肢はいくつかあります。まず、特定の国に偏らず、多様な市場からの需要を丁寧に育てる姿勢が求められます。2024年の訪日客では、韓国が約880万人、台湾が約600万人、アメリカや香港も200万人台と存在感が大きく、幅広い国からの需要が伸びています。こうした地域に向けてアプローチを強めることで、市場のバランスが整い、急激な変動に備えやすくなるでしょう。
国内旅行を支える取り組みも効果をもたらすと考えられます。住民が楽しめる体験や、地域の文化を深く味わえるプログラムが育っていけば、観光産業は海外情勢に左右されにくくなります。地域を訪れる動機が増えれば、宿泊や飲食、交通など複数の分野で安定した収益源が生まれるでしょう。
さらに、安全に関する情報を分かりやすく発信し、旅行者が不安を抱えずに来日できる環境を整えることにより、中国の旅行警告では治安や差別への懸念が挙げられましたが、犯罪統計や観光客への被害件数を見ると、実際の危険度との乖離があるという指摘もあります。具体的な情報を多言語で届けることで、情勢と旅行体験を切り離し、旅行先としての安心感を保ちやすくなると考えられます。
観光、航空、小売といった業界がデータを共有し、需要が変動した際に柔軟な対応が取れるようにしておく取り組みも重要です。急激な変化が起きても、路線数や価格、人員配置の調整が迅速に行われれば、損失を小さく抑えられる可能性があります。
まとめ
中国による旅行警告や禁輸措置は、日本の観光産業に強い影響を与えています。団体旅行や航空券のキャンセルが続く状況は、観光地や都市部の商業施設にとって厳しい局面といえるでしょう。ただ一方で、2025年の前半から秋にかけての中国人旅行者の回復ぶりや、韓国・台湾・東南アジア・欧米など幅広い国からの訪日需要の伸びを見ると、日本の観光が持つ基盤は十分に力を維持しているとも考えられます。
今後の外交情勢によって訪日客数が揺れる可能性はありますが、その影響をどの程度抑えられるかは、日本側の備えと工夫に左右されるでしょう。需要の偏りを見直し、国内旅行の魅力を高め、安心して訪れられる環境を丁寧に整えていくことが、安定した観光モデルを築く鍵になるはずです。今回の規制強化が、日本の観光産業のあり方を見直し、より柔軟な観光戦略へ踏み出すきっかけになると願っています。
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