「耐える男」から「語れる人」へ、男性性の再定義
強さという名の鎧が男性を縛ってきた背景
私たちは長い間、「男は強くあるべきだ」という価値観を、あまりにも自然なものとして受け入れてきました。感情を表に出さず、弱音を吐かず、競争に勝ち続けること。こうした男性像は、かつての産業社会や家族モデルにおいては合理的だった側面もあったでしょう。しかし、価値観が多様化し、人生の選択肢が広がった現代において、その前提は少しずつ現実と噛み合わなくなっているように見えます。
この歪みを説明する概念として知られているのが「トキシック・マスカリニティ(有害な男性性)」です。特定の男らしさを過度に理想化することで、男性自身が感情を抑圧し、助けを求める機会を失ってしまう構造を指します。WHOの統計では、多くの国で男性の自殺率が女性の2〜3倍に達しており、心理的支援を受けるまでに時間がかかりやすい傾向が示されています。これは個人の弱さというより、社会が男性に課してきた役割の重さを反映していると考えられます。
SNSが可視化した「男性の本音」と価値観の揺らぎ
SNSは、こうした構造に揺さぶりをかける存在となりました。かつては成功や強さを誇示する投稿が目立っていましたが、近年は事情が変わりつつあります。仕事の挫折、育児の戸惑い、メンタルヘルスの不調といった個人的な体験が、以前よりも率直に語られるようになってきました。
米国心理学会(APA)は、伝統的な男性性が心理的発達に負の影響を与える可能性を指摘しています。こうした知見と個人の実感が結びついた結果、「無理をして男らしく振る舞うこと」に疑問を持つ人が増えているのでしょう。実際、#MensMentalHealth といったハッシュタグは世界的に広がり、多くの共感を集めています。SNSは比較を生む場であると同時に、「自分だけではない」と感じられる連帯の場にもなり始めているといえます。
弱さを認めることが生む新しいリーダー像
この変化は、ビジネスの現場にも影響を及ぼしています。かつて主流だった威圧的なリーダーシップは、複雑化した現代の組織では機能しにくくなりました。代わって注目されているのが、心理的安全性を重視し、対話を促す共感型のリーダーシップです。
OECDの調査でも、従業員のメンタルヘルスやワークライフバランスに配慮する企業ほど、離職率が低く生産性が高い傾向が示されています。自らの弱さを認めることは、統率力の欠如ではなく、むしろ信頼を生む要素として評価され始めているようです。感情を言語化し、助けを求める能力は、現代のリーダーにとってリスク管理能力の一部と考えられます。
男性性のアップデートは「解放」ではなく再設計である
トキシック・マスカリニティを手放すことは、男性を弱くする試みではありません。むしろ、過剰な役割期待を外し、持続可能な形に再設計するプロセスと捉える方が現実的でしょう。
性別によって「耐える役」「支える役」を固定する社会は、もはや効率的ではありません。誰もが不調を表明でき、ケアに参加できる構造の方が、結果的に社会全体のパフォーマンスを高めると考えられます。
今後、ジェンダーの議論は特定の性別の問題ではなく、「人がどう生きやすくなるか」という共通のテーマへと移行していくと見込まれます。完成形はまだ見えていませんが、迷いながら模索する姿そのものが、新しい男性像を形作っているとも言えるでしょう。弱さを認め合える関係性の中にこそ、持続可能な幸福と、本当の意味での強さが育まれていくのではないでしょうか。
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