療育と感覚統合──子どもの“わかりにくい困りごと”に気づく視点
幼稚園や保育園に通い始めたわが子を見て、「ほかの子と少し違うかも?」と感じたことはありませんか。たとえば、大きな音が苦手で耳をふさいだり、お友達とうまく関われなかったり、集団行動がどうしても苦手だったり……。それでも、発達検査では特に問題が見つからず、診断名もつかない。そんな“ちょっと気になる子”は、実は少なくありません。
このように、明確な診断はないけれど、生活の中で困りごとを抱えている子どもたちは「グレーゾーン」と呼ばれています。
診断がなくても“困っている”気持ちはある
「グレーゾーンの子」とは、発達障害とまではいかないけれど、日常の中でちょっとした困りごとを感じやすい子どもたちのことを指します。特に就学前の時期は、まだ自分の気持ちや不快感を言葉でうまく伝えられないため、行動に現れるサインを見逃さずに受け止めることが大切です。
たとえば、にぎやかな場所で突然泣き出したり、砂場の感触を嫌がって遊びに入れなかったり、ほかの子と一緒に行動するのがつらそうだったり。そういった行動の裏には、子どもなりの“感じにくさ”や“感じすぎ”が隠れていることがあります。
「なんだか育てにくい」「この子だけ違う気がする」と感じたとき、それは子どもからの大切なサインかもしれません。
感覚統合とは?
子どもが世界とつながるための“感覚のバランス”
感覚統合とは、目や耳、肌、関節、筋肉などを通して得た感覚情報を、脳がうまく整理し、意味づけし、行動に結びつける働きのことです。たとえば、ブランコに乗って楽しむときには、風を感じる触覚、揺れる動きによる前庭覚、握っている鎖の重さから伝わる固有覚など、複数の感覚が同時に処理されています。これらが統合されることで、子どもは自分の体の位置や力加減を把握し、安心して遊ぶことができます。
しかし、感覚統合がうまくいかない子どもは、ちょっとした音にびっくりしてパニックになったり、服のタグや靴下の感触に耐えられなかったりすることがあります。また、姿勢を保つのが難しく椅子にじっと座っていられない、手足が自分の思い通りに動かせないといった身体的な不器用さも、感覚統合の未発達によるものと考えられます。
こうした違和感や不快感は、本人にしかわからない“感じ方”であるため、大人が「なぜこの子はできないのだろう」と思ってしまいがちです。しかし、「感じ方が違うからこそ、うまくできない」という理解を持つことで、子どもへの接し方や支援の方法は大きく変わっていきます。
療育でできること
“遊び”の中で、感じ方と体の使い方を整える
療育とは、発達に心配のある子どもに対して、医療・教育・福祉の視点を組み合わせて行われる支援のことです。とくに就学前の時期は、脳や神経が柔軟で発達が著しいため、感覚統合の支援に取り組むには絶好のタイミングといえます。
療育の現場では、遊びの中に感覚統合の要素を組み込んだプログラムが数多く取り入れられています。たとえば、バランスボールに乗って体の軸を感じる運動や、粘土や水を使って触覚への感受性を高める活動、トランポリンで跳ねて前庭感覚を刺激する遊びなどがあります。また、大きな布でくるまって体の輪郭を感じる「ディーププレッシャー」のような感覚刺激も、安心感や自己調整力を育てる支援として用いられています。
こうした遊びは、子どもにとって負担にならず、むしろ「楽しい」と感じながら自然に感覚の調整ができるよう設計されています。
家庭でできる感覚統合のサポート
日常の中で“心地よさ”を一緒に見つける
家庭でも、特別な道具や知識がなくてもできる感覚統合の支援はたくさんあります。たとえば、布団にくるまって“おにぎりごっこ”をして遊ぶことで、深い圧を体に伝え、安心感を得ることができます。廊下にタオルを敷いて“クッション道”を歩いたり、空のペットボトルを転がして音や重さの変化を感じたりと、五感を使った遊びを取り入れることが有効です。
また、子どもが過敏に反応する感覚(音、光、触感など)には無理に慣れさせようとせず、まずは「避けられる方法」を一緒に探ることも大切です。音に敏感な子どもには、ヘッドホンや耳栓の使用を提案するなど、環境調整を行うことで心地よく過ごせる時間を少しずつ増やしていけます。
保護者として何より大切なのは、「この子にはこの子なりの感じ方がある」という視点を持つことです。「ちゃんとできるようにしよう」と構えるのではなく、「今日はどう感じているのかな」と問いかける姿勢が、子どもにとって何よりの安心となります。
まとめ:就学前だからこそ始めたい「感じ方への支援」
就学前の時期は、「まだ小さいからそのうち慣れる」と見過ごされやすい時期でもあります。しかし、子どもが日々の生活で“ちょっとつらい”と感じていることを見逃さず、早めに支援を始めることで、就学後の不安やつまずきを大きく減らすことができます。
感覚統合に注目した療育は、診断がついていないグレーゾーンの子どもにこそ有効なアプローチです。親子で一緒に「気持ちよく感じられること」「落ち着ける環境」を探していくことで、子どもは少しずつ「自分は大丈夫なんだ」と感じられるようになります。
感覚統合の視点を取り入れると、「なんでできないの?」という問いかけが、「どんなふうに感じているのかな?」という理解に変わります。その変化こそが、子どもの心に寄り添う第一歩となるのでしょう。
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