男性の身だしなみはどこまで変わったのか――広がるメンズ美容という選択肢

ひと昔前まで、男性が鏡の前で肌を整える姿は、どこか特別なものと見られていたかもしれません。ところが今では、ドラッグストアの棚に並ぶ男性用スキンケアやBBクリームは当たり前の存在になりました。
経済産業省や民間調査会社のデータによると、日本のメンズコスメ市場は2023〜2024年時点で約1,500億〜1,700億円規模に達していると推計されており、2010年代前半と比較すると大幅な成長が見込まれています。背景には、若年層だけでなく30代から50代のビジネス層の参入があると考えられます。
背景にあるのは、美しさへの憧れというよりも「印象管理」という意識ではないでしょうか。スーツのシワを伸ばし、靴を磨くことが当然とされるように、肌を整えることも自己管理の一部と考える人が増えています。清潔感は抽象的な概念のようでいて、実は対人関係を円滑にする具体的な要素として機能しているといえます。
清潔感はなぜ信頼につながるのか――心理学が示す印象の影響
なぜここまで「清潔感」が重視されるのでしょうか。その一因として心理学で知られる「ハロー効果」が挙げられます。人は目立つ特徴に引きずられて全体を評価する傾向があり、外見が整っている人物に対しては「信頼できそう」「有能そう」といった肯定的印象を抱きやすいことが複数の研究で示されています。
オンライン会議の普及も影響しています。総務省の統計では、テレワーク導入率は2020年以降急上昇し、現在も一定割合が継続しています。画面越しに顔が拡大される環境では、肌のくすみやクマが強調されやすく、印象の差が顕在化しやすいと考えられます。実際、男性向けBBクリームやコンシーラーの売上がリモートワーク拡大期に伸びたという報告もあります。
わずかに肌トーンを整えるだけで、顔色は健康的に見え、疲労感は軽減されて映ります。こうした変化は、商談やプレゼンテーションにおける説得力の向上につながる可能性が見込まれます。外見の調整は虚飾ではなく、コミュニケーション効率を高める工夫と捉えるほうが自然かもしれません。
メイクはマナーなのか――変わりつつある社会の受け止め方
「男性がメイクをする」という言葉に、まだ抵抗を感じる人もいるでしょう。ただ、現在主流になっているのは厚塗りではなく、自然に整えるスタイルです。青髭を目立たなくするコンシーラーや、眉の形を軽く整えるアイテムなどは、変身のためではなく“整える”ための道具です。
多くの男性向け化粧品ブランドの調査では、購入理由の上位に「清潔感を高めたい」が挙げられています。これは自己満足ではなく、相手への配慮としての側面が強いと考えられます。重要な商談にきちんとした服装で臨むように、顔色を整えることも敬意の一部と受け止められつつあるのではないでしょうか。
美容への関心が特別視されなくなりつつある今、細部まで気を配れる姿勢そのものが成熟の証と見なされる傾向があります。価値観の変化は急激ではありませんが、確実に広がりを見せています。
外見を整えることが内面を整える――自信とキャリアへの波及
美容の本質的な価値は、他者評価よりも自己認識の変化にあると考えられます。鏡に映る自分が整っていると感じるとき、人は無意識のうちに姿勢や声のトーンを変えます。心理学では自己効力感が行動パフォーマンスに影響することが示されており、小さな成功体験の積み重ねが自信形成につながるとされています。
朝の数分間のスキンケアは単なる作業ではなく、心身を整えるルーティンとして機能します。その結果、対話に前向きな姿勢が生まれ、周囲との関係構築が円滑になる可能性が期待されます。長期的には評価や機会の差となって表れることも想像に難くありません。
知能指数や感情知能に加え、自己プロデュース力が問われる時代において、外見管理は戦略的資源の一つになりつつあります。これは容姿の優劣を競う概念ではなく、自己管理能力の表れといえます。美容を特別視せず、歯磨きや運動と同じく習慣化できたとき、そこに生まれるのは単なる見た目の向上ではなく、安定した自信と持続的なキャリア形成ではないでしょうか。
男性美容は一過性の流行ではなく、社会構造と心理的要因の双方に支えられた変化と考えられます。今後も市場規模の拡大とともに、自然体で整える文化が広がっていくことが見込まれます。
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