ヒット作が生まれにくい時代にエンタメは何を届けているのか
ヒット作が生まれにくい時代が示す構造変化
「最近はヒット作が出ない」と語られる場面は増えていますが、これは創作力の衰えというより、エンタメを取り巻く構造が大きく変化した結果と捉えるほうが現実に近いでしょう。かつては、テレビや映画館、CDショップなど限られた接点を通じて、多くの人が同じ作品に触れていました。しかし現在は、動画配信、音楽ストリーミング、SNS、ゲームプラットフォームが高度に分散し、接触経路そのものが無数に存在しています。
総務省の情報通信白書によれば、20代の動画配信サービス利用率は80%を超え、複数サービスを併用する層も珍しくありません。視聴環境が個別最適化された結果、同一作品を同時に体験する確率は下がり、「社会全体で共有されるヒット」が生まれにくくなった構造が浮かび上がります。この現象はエンタメ業界固有の問題ではなく、情報消費が分散した現代社会全体の特徴といえそうです。
エンタメが「話題」から「機能」へ移行している理由
現在のエンタメは、流行りを生み出す装置というより、個人の生活を支える機能へと重心を移しています。再生回数やランキング上位に入る作品は存在するものの、それらが必ずしも社会的な共通言語になっているとは限りません。それでも多くの人が日常的にエンタメに触れているのは、作品が感情の整理やストレスの緩和に役立っているからではないでしょうか。
心理学や脳科学の分野では、物語体験が不安感を軽減し、自己理解を促進するという研究も報告されています。特にパンデミック以降、孤立感や不確実性が高まる中で、エンタメは娯楽以上の役割を担うようになったと考えられます。誰かと盛り上がるためではなく、自分の気持ちを保つために選ばれる作品が増えている点は、現代的な特徴といえそうです。
ヒットしない作品が支えるエンタメ経済
ヒット作が目立たない一方で、エンタメ市場全体が縮小しているわけではありません。国内のコンテンツ市場規模は依然として高水準を維持しており、特にサブスクリプション型ビジネスが安定収益を支えています。ここで注目すべきは、爆発的なヒットよりも、継続的に視聴・利用される作品の価値が高まっている点です。
インディーゲームや特定ジャンルに特化した映像作品、ニッチな音楽コンテンツなど、小規模ながら熱量の高い支持を得る作品が増えています。これらは短期間で話題になることは少ないものの、長期的にユーザーの生活に組み込まれ、記憶に残る傾向があります。ヒットの定義が「一時的な最大値」から「持続的な関係性」へ移行している流れが読み取れます。
ヒット作が少ない時代にエンタメが残す意味
ヒット作が生まれにくい時代において、エンタメの価値は社会を一方向に動かす力ではなく、多様な価値観を許容する基盤を育てる点にあります。誰もが同じ作品を知っている必要はなく、それぞれが異なる物語を持ち、それを尊重し合える状態こそが成熟した社会の姿といえるでしょう。
今後のエンタメは、記録的な数字や瞬間的な話題性よりも、人の生活にどのように残るかが問われていくと考えられます。ヒットが見えにくくなった背景には、受け手側の選択基準や関わり方の変化も影響しています。エンタメは今も確実に、人の思考や感情に作用し続けている文化装置として存在感を保っているといえそうです。
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