相続税ゼロの家庭でも必要な“準備”とは?

日本では相続税を実際に納めている家庭は全体の1割に満たず、9割以上は「相続税ゼロ」の対象です。そのため「うちは資産が少ないから特別な対策はいらない」と安心してしまう人が多いのも事実です。しかし、相続は税金の有無だけで片づけられる問題ではありません。口座の凍結や不動産の名義変更、葬儀費用の負担、そしてデジタル資産の管理といった現実的な課題は、資産の規模にかかわらず必ず家族の前に立ちはだかります。税金がかからなくても、準備の有無が家族の負担を大きく変えてしまうのです。

 

相続税がかからなくても立ちはだかる壁

相続税には「3000万円+600万円×法定相続人」という基礎控除が設けられています。配偶者と子ども2人の場合、4800万円までが非課税枠となり、この範囲に収まる家庭では相続税は発生しません。国税庁の統計では、実際に相続税の課税対象となるのは全体の1割程度にとどまります。
しかし、税金がかからないからといって相続が容易というわけではありません。相続が発生すると、銀行口座の凍結解除や不動産の名義変更、保険金の請求、公共料金の契約整理など、多岐にわたる手続きが必要になります。さらに、現代社会ではネット証券や仮想通貨、SNSアカウントといったデジタル領域の「遺産」も増えており、これらの扱いをめぐって混乱するケースが少なくありません。手続きが長期化すると、葬儀費用や生活費がすぐに捻出できないといった事態も起こり得ます。
こうした手続きの複雑さは、財産額の多寡にかかわらず誰にでも降りかかる課題であり、事前にどこまで準備できているかが家族の負担を大きく左右します。

 
財産が少なくても起こる「感情のもつれ」

相続をめぐるトラブルは「財産が多い家庭」だけの問題ではありません。むしろ、資産が少ない場合でも「誰がどの負担を担うのか」が明確になっていないために、思わぬ対立が起こることがあります。例えば評価額1000万円程度の実家の土地をどう扱うかで、兄弟姉妹の間に意見の対立が生まれることは珍しくありません。空き家として放置すれば固定資産税や維持費が負担となり、誰が責任を負うのかという問題が表面化します。
金融広報中央委員会の調査によると、生前に家族で相続について話し合った経験がある人は全体の28%程度にとどまっています。7割以上の家庭が「準備不足」のまま相続を迎えていることになり、その結果「思っていた分け方と違う」「説明が不十分だ」といった不満が噴出しやすい状況にあります。
また、葬儀費用を誰が先に立て替えるのかという小さな問題が、時間の経過とともに不公平感を募らせる引き金になることもあります。
近年は「デジタル遺産」も大きな火種となっています。オンライン証券口座や仮想通貨ウォレットの情報が共有されていなければ、相続人がその存在に気づかないまま放置され、資産が宙に浮いてしまいます。さらにSNSやクラウドに残された写真やメッセージの扱いは、金銭価値を超えて感情的な意味合いを持つため、扱いを誤れば家族の心にしこりを残しかねません。
金融広報中央委員会の調査によれば、相続に関して事前に話し合った経験がある家庭は全体の約3割にとどまるとされます。つまり多くの家庭では「いずれ考えればいい」と後回しにしており、その結果、相続発生時に感情的な対立に直面する可能性が高いといえます。

 
家族を守る準備は「整理」と「共有」

相続税がかからない家庭においても必要とされるのは、財産や契約状況を「整理」し、信頼できる人と「共有」しておくことです。具体的には、預貯金や不動産、保険契約、株式や投資信託といった金融資産の情報に加え、日常的に利用しているサブスクリプションやSNSアカウントなども含めた一覧を作成することから始めます。金額の多少に関係なく「何がどこにあるか」が明確であれば、残された家族は迅速に行動できます。
整理した情報は、一人で抱え込むのではなく家族と共有することが重要です。紙のエンディングノートに記す方法もあれば、クラウド上で管理する仕組みを活用する方法もあります。ただしパスワード管理やアクセス方法をきちんと伝えておかないと、かえって混乱を招くことになります。さらに「自宅は誰に引き継ぐのか」「金融資産はどのように分けたいのか」といった希望を、可能な限り生前に話し合っておくことが望ましいです。本人の意向が共有されていれば、残された家族が迷わず判断でき、心理的な負担も大幅に軽減されます。

 
準備は未来への投資

相続準備は単に遺産をどう分けるかという作業にとどまりません。むしろ家族の生活や信頼関係を守るための「未来への投資」と考えるべきです。準備をしておけば無用な争いや余計な出費を避けることができ、結果的に家族全員の安心につながります。
また、相続に関する話し合いは、資産のあり方や家計管理を見直す契機にもなります。預貯金の使い方、投資のバランス、消費税や利率の変化に対する意識など、普段は先送りにしてしまうテーマに向き合うきっかけとなるのです。次世代にとっては金融教育の一環ともなり、長期的な視点で資産形成や暮らしの安心を考える土台になります。

 

まとめ

相続税がかからない家庭でも、相続は避けて通れない現実です。大切なのは「税金がゼロだから安心」と思い込むのではなく、残された家族が迷わず生活を続けられるように準備しておくことです。財産や契約の情報を整理し、家族と共有することは、安心を形に変える最も確実な方法といえます。
相続の準備は、単なる手続きではなく、家族の未来に投資する行為です。今日の小さな行動が、将来の大きな安心につながります。資産の多寡に関係なく「備えがある家庭」と「備えがない家庭」とでは、家族が歩む道に大きな差が生まれるでしょう。
相続税がゼロであっても、相続に備える姿勢があるかどうかは家族の未来を左右します。財産の大小にかかわらず、今のうちに整理と共有を進めることが、安心して次の世代へつなぐための最も確かな準備といえるでしょう。

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