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貯金が人生を貧しくする?蓄財のパラドックスという視点

なぜ私たちは「使わない安心」を集め続けてしまうのか

将来への不安を和らげるために始めた貯蓄が、いつの間にか現在の生活を窮屈にしている。そうした感覚を、心のどこかで抱いている人は少なくないはずです。

日本銀行の資金循環統計によれば、日本の家計が保有する金融資産は2,100兆円を超え、その多くが高齢世代に集中しています。この数字は、日本人が堅実にお金と向き合ってきた証ともいえますが、同時に「使われないまま時間だけが過ぎているお金」が相当量存在していることも示しています。

私たちは幼い頃から、貯金は良いことであり、使うことには慎重であるべきだと教えられてきました。不測の事態に備える姿勢は合理的であり、生活を守るうえで欠かせない考え方です。ただし、この価値観が強く根づきすぎると、「お金の価値は年齢とともに変わる」という視点が見落とされやすくなります。20代で感じる刺激や高揚感と、80代で同じ体験に支払う対価とでは、得られる満足度が同じとは限りません。

厚生労働省のデータによると、日本人の健康寿命は男性で約72歳、女性で約75歳とされています。平均寿命との差は10年以上あり、その期間への備えを意識するあまり、健康で自由に動ける時期の消費が抑えられている状況も見受けられます。人生の終盤に最も多くの資産を残す状態は、使える時間と活力を十分に活用しきれなかった結果とも考えられます。ここに、蓄財のパラドックスが生まれているといえるでしょう。

 

若い時期に使ったお金は、人生を通じて価値を返してくれる

若いうちにお金を使うことに対して、どこか後ろめたさを感じる人は多いかもしれません。しかし、すべての支出が単なる消費として消えていくわけではありません。『DIE WITH ZERO』で語られる「経験の配当」という考え方は、支出を別の角度から捉え直す視点を与えてくれます。

早い段階で得た経験は、その後の人生で繰り返し思い出され、精神的な豊かさを長く支え続けるとされています。学生時代に訪れた場所や、若い頃に挑戦した出来事が、年月を経てから意味を増すことは珍しくありません。こうした経験は、物価上昇によって価値が目減りすることも、市場の変動によって失われることもない点が特徴です。

楽しみを老後まで取っておくという考え方には、暗黙の前提が含まれています。体力や好奇心、環境への適応力は年齢とともに変化し、多くの体験には適した時期が存在すると考えられます。銀行口座の残高を増やすことより、自分のエネルギーが残っているうちに何を経験するか。その視点に立つことで、支出は浪費ではなく、人生全体への投資として意味づけられるようになります。

 

サバイバル・ナンバーという考え方

「使い切る人生」に関心を持っても、実行に踏み切れない理由として長寿への不安が挙げられます。何歳まで生きるか分からない以上、消費を控えたくなる心理は自然なものです。ただ、漠然とした不安ほど、数字に置き換えることで整理しやすくなる面があります。

最初に確認したいのは、公的年金の受給見込み額です。日本の年金制度は、長く生きるほど受給総額が増える設計となっており、長寿リスクを一定程度カバーする役割を果たしています。そのうえで、自分が望む生活水準との差額を把握し、医療や介護に備えた予備費を加えることで、生涯に最低限必要な金額、いわゆるサバイバル・ナンバーが見えてきます。
米国では、退職後に資産を毎年4%ずつ取り崩す「4%ルール」が知られています。日本ではそのまま適用できるわけではありませんが、考え方を知ることで、必要以上に節約する状態から距離を取れる可能性があります。必要額が明確になると、それを超える資産は、計画的に使う対象として捉えやすくなるでしょう。

相続についても同じ視点が当てはまります。多くの場合、子どもが最も資金を必要とするのは20〜30代です。人生の後半で資産を渡すより、早い段階で支援する方が、家族全体の満足度が高まると考えられます。

 

最後に残るのは、お金ではなく記憶

人生の終わりに持ち帰れるものは、通帳の数字ではなく、積み重ねてきた経験の記憶だといえます。行動経済学や心理学の研究でも、物質的な所有よりも経験の方が幸福感が長く続く傾向が示されています。物への満足は時間とともに薄れやすい一方、意味のある体験は人生の後半まで心を支え続けるからです。

これからの時代に意識したいのは、「どれだけ持つか」ではなく、「時間・活力・お金をどう配分するか」という視点ではないでしょうか。三つの資源が重なり合う時期は限られており、その瞬間をどう使うかが、人生の質を左右すると考えられます。

無計画な浪費が勧められているわけではありません。自分が何に喜びを感じ、何に価値を置かないのかを見極める姿勢が重要です。「いつか使う」という選択が、結果として使わない未来につながることもあります。今という時間を、将来の不安を守るためだけでなく、一生残る心の資産を築くために使う。その意識の転換が、蓄財のパラドックスを乗り越える手がかりになるのではないでしょうか。

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