家族という最も身近なコミュニティのなかでも、性別による見えない役割分担が存在しています。なかでも「ブラザーペナルティ」という言葉は、姉妹が家庭内で無意識に受けているプレッシャーや制約に注目した概念です。この言葉はまだ一般にはあまり浸透していないかもしれませんが、実際には多くの女性たちがその影響を受けながら育ってきています。

たとえば、兄には自由や挑戦を促す一方で、姉には「面倒見の良さ」や「責任感」を求めるような、無言の期待が日常の中に存在しています。それは「姉なんだからしっかりして」といった一言から始まり、進学や就職、家事の分担、さらには親の介護まで、あらゆる場面で“姉妹だけに課される”見えない責任となってのしかかっていきます。

姉妹に押しつけられる“見えない責任”と役割

「姉だから」「妹だから」といった言葉には、役割を限定する無意識のバイアスが含まれています。特に長女は、幼い頃から弟妹の面倒を見るように求められることが多く、本人の年齢に見合わない責任を担うことが少なくありません。両親が忙しい家庭では、家事の一部や下の子の世話を自然と任される場面が多く、家庭の中で「頼れる存在」として扱われがちです。

総務省の家族調査によれば、家事を手伝う頻度が最も高いのは長女であり、姉妹がその役割を担っている割合はおよそ65%にのぼるとされています。これは必ずしも親が意識して役割を与えているというよりも、「女の子だから気がつくはず」「手が早いからお願いしやすい」といった性別や性格に基づく固定観念が、結果的に姉妹へ偏った負担をかけていることを示しています。
こうした期待は一見「信頼されている」ようにも映りますが、本人の意思に基づかないものである場合、その積み重ねは心に重くのしかかっていきます。

親の価値観とジェンダーバイアスの継承

このような役割の押しつけが生まれる背景には、親世代の価値観が深く関係しています。父親や祖父母が「男は外で稼ぐもの」「女は家のことをするもの」といった伝統的な価値観を持っていると、その考え方が家庭全体に影響を与えます。たとえば、進学先の選択では「弟の方が稼げるから」といった理由で進学を優先されたり、姉には地元での就職や家事の分担を期待するなど、知らず知らずのうちに男女で異なる進路を選ばされていることがあります。

母親もまた、自分が若いころに耐えてきた経験や、「娘はしっかりしているから大丈夫」といった思い込みから、姉妹に対して自然と高い期待をかけてしまうことがあります。これは一見、信頼や愛情の現れのように見えますが、本人の希望や限界に目を向けないまま押しつけてしまうと、結果として心の負担となってしまいます。
家庭は本来、子どもが安心して自分らしくいられる場であるべきです。けれども、こうした偏った期待が積み重なることで、姉妹は「自分よりも家族のことを優先しなければならない」と感じるようになり、人生の選択肢を狭めてしまうことがあります。

自己肯定感の揺らぎと人間関係への影響

姉妹が家庭内で「支える側」として育つ環境が長く続くと、自分の感情や希望を後回しにする癖がついてしまいます。誰かのために尽くすことを当然と感じてしまい、自分の願いを口にすることに罪悪感を覚えるようになるケースも見られます。

このような心理状態は、自己肯定感の低下につながる可能性があります。とくに、「自分が頑張れば家庭はうまくいく」「家族のために我慢することが美徳」という思い込みは、社会に出てからもさまざまな形で影響を及ぼします。恋愛や結婚においても、自分を押し殺して相手に合わせることが習慣化してしまい、本音を伝えることが難しくなることがあります。
また、職場でも「縁の下の力持ち」として振る舞うことで評価されにくく、本来持っている能力が活かされないままになることも少なくありません。こうした傾向は、「気配り上手」「面倒見が良い」といった一見ポジティブな評価の裏に、自己犠牲が隠れているケースもあるため、注意が必要です。

自分の気持ちを大切にすることは、わがままではありません。むしろ、他者と健全な関係を築くためには、自分を尊重する姿勢が土台となります。まずは「姉だからこうしなければいけない」という思い込みに気づくことが、変化への第一歩です。

「姉だから」は卒業できる——家庭も社会も変わる時

ブラザーペナルティは、特別な家庭にだけ存在するものではなく、どの家庭にも潜在的に存在しうるものです。大切なのは、親や兄弟姉妹それぞれが「性別に基づいた役割意識」に気づき、それを一つひとつ手放していくことです。

家庭の中での責任や配慮は、本来なら性別ではなく、個人の性格や得意なこと、状況に応じて自然に分担されるべきものです。「姉だから家事をする」「妹だから我慢する」といった前提を疑い、「どうすれば家族みんなが対等に安心して過ごせるか」を考えることが、より健やかな関係性を築く鍵となります。また、学校やメディア、職場といった社会全体で、性別にとらわれない価値観を共有していくことも重要です。子どもたちが小さな頃から、自分の意思を尊重され、自由に選択できる環境で育つことで、将来的に「自分らしい人生」を歩む力が育まれていくはずです。

一人ひとりが「姉だから」「妹だから」といった枠組みから少しずつ離れ、お互いの存在を尊重できる家庭や社会へと変わっていけることを願っています。