企業が求める“協調性”と個人の“自己防衛”は両立するか

職場で「協調性があるかどうか」を問われる場面は少なくありません。組織に溶け込めるか、チームとして円滑に働けるか。そうした観点から評価されるのは、当然といえるでしょう。しかし一方で、誰もが無理をして周囲に合わせすぎれば、自分を守る手段を失ってしまうこともあります。現代の職場では、パワハラ、情報の過干渉、プライベートの侵食など、多くの“ストレス要因”が潜んでいます。そうした環境にあって、自らの心身を守る「自己防衛」の感覚も必要不可欠です。
そこで問われるのが、「協調性」と「自己防衛」は両立できるのかという問題です。他者との関係を大切にしながら、自分の軸を失わずに働くことは可能なのでしょうか。

「協調性がある人材」が求められる理由と背景

多くの企業が採用や評価基準に「協調性」を含めている理由には、チームワーク重視の業務体制があります。特に日本企業では、「報連相(ほうれんそう)」といった情報共有の文化や、暗黙の了解に基づいた“空気を読む”能力が高く評価されてきました。高度経済成長期から続くこの風土のなかで、「個より組織」「成果より調和」を重視する価値観が根付いてきたのです。

しかし、現代では業務の専門性が高まり、成果主義が導入される企業も増えてきました。そのなかで求められる「協調性」は、単に“和を乱さない”という消極的な姿勢ではなく、異なる考え方を持つ人とどう共存し、相乗効果を生み出せるかといった積極的な関与力へと変化しています。

ある人材サービス会社のレポートによれば、管理職昇進者の約72%が「対人調整力」や「立場の違う人との折衝経験」を評価されていたといいます。つまり、“誰とでもうまくやれる人”ではなく、“対話を通じて意見の違いを価値に変えられる人”こそが、現代の企業に求められる協調性を体現しているといえるでしょう。

自己防衛という「もう一つのスキル」が必要な時代

一方で、職場での人間関係には少なからずストレスが伴います。とりわけ、職場恋愛が原因のトラブル、SNSやチャットでの誤解、飲み会やプライベートの付き合いの強制といった“関係の過干渉”が問題視される場面は少なくありません。メンタルヘルスの観点から見ても、自分を守る力――すなわち「自己防衛能力」は、今や働くうえで欠かせないスキルといえます。厚生労働省の令和5年度の調査では、「職場の人間関係が原因で離職を検討したことがある」と回答した人は全体の38.5%にのぼり、特に20〜30代の若手層に顕著でした。

自己防衛とは、防御的になったり他人を排除したりすることではありません。たとえば、自分の限界を理解し、無理な残業を断る勇気、家庭や健康と両立するために働き方を調整する意識、あるいは信頼関係ができるまでプライベート情報をむやみに共有しないといった行動も、立派な自己防衛です。
これらの行動は一見「協調性がない」と誤解されがちですが、実は長期的に安定して働くために欠かせないセルフマネジメントの一環といえます。

両立のポイントは「透明な境界線」と「対話の質」

では、協調性と自己防衛はどうすれば両立できるのでしょうか。その鍵となるのが「境界線の明確化」と「対話の質」です。

まず、境界線とは「自分にとって譲れない価値観」や「快適に働ける条件」のことです。たとえば、「業務時間外は家族との時間を優先したい」「ランチは一人で過ごすことでリフレッシュできる」といった個人的なニーズを認識し、それを無理のない形で周囲に伝えておくことで、不必要な摩擦を避けられます。そして、それを伝えるための「対話の質」も重要です。単に「無理です」「できません」と言うだけでは、壁を作ってしまいます。代わりに、「今週は体調を崩しやすいので、今後の調整は早めに相談させてください」など、相手を配慮しながら意思を伝えることで、関係を損なわずに自分の立場を守ることが可能になります。

自分らしさを犠牲にしない“働き方の知恵”

社会全体が多様性を尊重する流れに移り変わる中で、企業も「一律の働き方」を求める時代から、「それぞれの価値観や生活背景を活かせる環境づくり」へと転換しつつあります。実際、リモートワークやフレックスタイム、メンタルサポート制度の導入など、社員の“心の余白”を守る取り組みを始める企業も増えてきました。そのなかで私たち個人も、「相手に合わせる協調性」と「自分を守る自己防衛」をどちらも大切にする姿勢が求められます。一方を強めすぎると、いずれバランスを崩してしまうからです。

“合わせすぎず、拒みすぎず”。その間を探る行為こそが、真の意味での人間関係構築であり、結果として信頼を生み出す基盤となります。たとえ周囲と少し異なる選択をしても、それが誠実な対話のなかで行われていれば、むしろ個性として尊重される時代です。他者を大切にしながら、自分のことも同じように大切にする。その姿勢が、今の社会における「しなやかな強さ」なのかもしれません。

カテゴリ
人間関係・人生相談

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