なぜ「誰がやったか」を問う組織は衰退するのか?RCAで深掘るエラーの本質
ミスを責める組織ほど事故が増えるという逆説
どれほど優秀な人材が集まる組織であっても、ヒューマンエラーを完全に排除することはできません。人間の認知能力には限界があり、集中力や判断力は状況や環境によって大きく左右されるためです。それにもかかわらず、多くの職場ではミスが起きた瞬間に「誰の責任か」という議論が始まりがちです。しかし、この考え方には大きな落とし穴があります。個人の不注意だけに原因を求める文化が強い組織では、失敗が報告されにくくなり、結果として問題が表面化しないまま蓄積されてしまうからです。
航空業界ではこの教訓が早くから共有されてきました。1977年に発生したテネリフェ空港の航空機衝突事故では、583人が死亡するという史上最悪の航空事故が起きました。事故調査の結果、原因は単一の操縦ミスではなく、コミュニケーション不足、管制指示の誤解、組織文化など複数の要因が重なっていたことが明らかになりました。この事故を契機として航空業界では「CRM(クルー・リソース・マネジメント)」というチームコミュニケーションの訓練が導入され、現在では航空事故率は劇的に低下しています。ボーイングの統計によれば、1950年代には100万フライトあたり約30件の重大事故が発生していましたが、近年では1件未満にまで減少しています。
この変化は、個人を責める文化から、システム全体を改善する文化への転換によって実現されたといえるでしょう。
人間のミスは「仕組み」で防げるという安全工学の知見
ヒューマンエラーを理解するうえで重要な理論の一つが、心理学者ジェームズ・リーズンが提唱した「スイスチーズモデル」です。このモデルでは、事故は一つのミスによって起きるのではなく、複数の防御層に存在する小さな欠陥が偶然重なったときに発生すると説明されています。
組織には通常、複数のチェック機構やルールが存在します。それぞれの防御壁には小さな穴があり、通常は問題になりません。しかし、その穴が同時に重なった瞬間に重大な事故が発生する可能性が高まると考えられています。
医療分野でも同様の発想が取り入れられています。世界保健機関(WHO)は医療事故の多くが個人のミスではなく、システム上の問題によって起きていると指摘しています。実際、米国では医療ミスが年間数万件の死亡に関係している可能性があるとされ、医療安全の取り組みが強化されています。
このような研究から導かれる結論は明確です。人間のミスを完全に防ぐことは難しいものの、仕組みを改善すれば事故の確率は大幅に下げられるということです。重要なのは「ミスを起こさない人材」を探すことではなく、「ミスが起きても重大事故にならない仕組み」を構築することだといえるでしょう。
根本原因分析が組織の学習能力を高める
ミスを仕組みの改善につなげるために有効な手法が「根本原因分析(Root Cause Analysis)」です。これは表面的な原因で結論を出さず、問題の背景にある構造的要因を探る分析方法です。日本企業では、トヨタ生産方式の中で生まれた「なぜなぜ分析」が有名です。一つの問題に対して繰り返し「なぜ」を問い続けることで、真の原因を特定していきます。
仮に入力ミスが発生した場合、「担当者が疲れていた」という説明で終わらせれば、対策は精神論になりがちです。しかし分析を深めていくと、入力画面の設計が誤認しやすかったり、チェック機能が自動化されていなかったりする可能性が見えてくることがあります。
こうした構造的問題を修正すれば、同じミスは組織全体で減少します。米国労働安全衛生局(OSHA)の分析でも、根本原因に基づく対策を導入した企業では事故率の改善が確認されています。つまり、ミスの原因を個人の能力に求めるのではなく、仕組みの改善につなげることが組織の学習能力を高める鍵といえるでしょう。
失敗を共有できる組織が長期的に強くなる理由
ヒューマンエラー対策において重要なのが「心理的安全性」です。この概念はハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授によって提唱され、Googleの研究プロジェクト「Project Aristotle」でも成果の高いチームの共通条件として確認されています。心理的安全性が高いチームでは、メンバーが疑問や失敗を率直に共有でき、問題が早期に発見されるため、大きな事故につながる可能性が低くなると考えられています。
この文化を生み出すうえで重要なのがリーダーの姿勢です。上司が自身の失敗経験を共有し、それをどのように乗り越えたのかを語ることで、チーム全体の透明性は高まります。完璧さを装うよりも、人間らしさを示すほうが信頼関係は強まりやすいでしょう。
会議でも「誰が悪いのか」という議論より、「どうすれば防げたのか」という未来志向の対話を重視することが効果的です。このような環境では、ミスは単なる失敗ではなく、組織が進化するための情報として共有されます。
失敗を資産に変える企業が成長し続ける
現代のビジネス環境は「VUCA」と呼ばれるほど不確実性が高い時代です。世界経済フォーラムのレポートでも、こうした環境では柔軟な問題解決能力や学習能力が重要になると指摘されています。その意味で、失敗を恐れず挑戦できる組織は強い競争力を持つ可能性があります。試行錯誤を繰り返すなかで得られた知識や経験は、個人だけでなく組織全体の資産として蓄積されるからです。
失敗を共有できる組織こそが、変化の激しい時代において持続的に成長していく。安全工学や組織研究の知見は、その可能性を静かに示しているように思われます。
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