ステルスマーケティング規制で変わる企業PR:透明性時代のブランド戦略とは

ステルスマーケティング規制が企業PRに突きつけた現実

2023年10月、消費者庁が景品表示法に基づくステルスマーケティング(以下、ステマ)規制を施行しました。広告であることを隠したまま商品やサービスを宣伝する行為が、ついに法律で禁止されることになったわけです。欧米では2010年代前半からルールが整備されていましたが、日本では対応が遅れ、消費者庁が本格的な検討を始めたのは2022年のことでした。約1年の準備期間を経て施行されたこの規制は、デジタル広告・マーケティング業界にとって、避けては通れない大きな節目となりました。

規制の対象は、インフルエンサーのSNS投稿だけにとどまらず、企業が依頼したブログ記事、口コミサイトへの書き込み、動画プラットフォーム上のレビューなども含まれます。事業者が投稿内容に関与している場合は「広告」「PR」「プロモーション」といった表記が必須となり、違反すれば措置命令の対象になります。2024年以降、複数の企業が行政指導を受けており、業界全体に緊張感が生まれました。

この規制が明らかにしたのは、日本のデジタル広告市場が長年「グレーゾーン」に依存してきたという構造的な問題です。電通の「2022年 日本の広告費」によれば、インターネット広告費は3兆912億円と初めて3兆円を突破し、テレビ・新聞・雑誌・ラジオの4媒体合計を大きく上回っています。市場が急拡大するなかで、広告表示のルール整備だけが後回しにされていた実態が、今回の規制によってはっきりと浮かび上がりました。

 
業界が迫られた「表示の透明化」という大きな変化

規制が施行されると、多くの企業とPR会社は「これまでの施策の大半が見直し対象になるかもしれない」という現実に直面しました。インフルエンサーマーケティングを手がける事業者の間では、契約書の文言を変えるだけでなく、投稿フォーマット全体を根本から組み直す動きが広がりました。「#PR」「#広告」といったハッシュタグをどこに、どのくらいの存在感で表示するかという細かい点まで、法務部門が関与するケースが増えています。

インフルエンサー側の受け止め方もさまざまでした。フォロワーが数十万人規模のマクロインフルエンサーは、もともと企業案件であることをある程度オープンにしていたケースが多かった一方、数千〜数万人規模のマイクロインフルエンサーのなかには「PR表記をつけると投稿の雰囲気が壊れる」と戸惑う人も少なくなかったといいます。ただ、ここで注目したいデータがあります。PR TIMES社の調査(2023年)では、消費者の約67%が「PR表記があっても内容が有益なら参考にする」と回答しており、透明性が必ずしもエンゲージメントを下げるわけではないことが示されています。

PR会社の仕事の進め方にも変化が出てきました。企画の立案段階から法的リスクをチェックする「コンプライアンス先行型」のプロセスが広がりつつあり、景品表示法の専門弁護士と顧問契約を結ぶ大手PR会社も出てきています。広告・PRの領域と法務の領域が、以前より密接に絡み合うようになってきたといえるでしょう。

 
透明性を義務付けたことで生まれた「誠実マーケティング」の流れ

規制への対応が一段落した2024年以降、「ステマ規制をきっかけに、コミュニケーション戦略そのものを見直す機会にしよう」と前向きに捉える企業が増えてきました。これは法律を守るためだけでなく、ブランドへの長期的な信頼を育てるという観点からも、理にかなった判断です。

エデルマンが毎年発表する「トラストバロメーター」の2024年版では、日本の消費者の企業への信頼度は調査対象28カ国のなかで下位に位置しており、「企業は正直に情報を開示しているか」という問いに対して懐疑的な回答が目立つ傾向にあります。過去のステマ問題による不信感が積み重なってきた結果と考えられており、透明性の高いコミュニケーションへの転換が、信頼回復への現実的な一歩になりえます。

こうした流れのなかで注目されているのが、「UGC(ユーザー生成コンテンツ)」の活用です。消費者や第三者が自発的に発信するコンテンツには広告表示の義務が生じないため、商品やサービスの実力で自然な口コミを生み出す仕組みづくりに力を入れる企業が増えています。商品を企画する段階から「シェアされやすさ」を意識して設計するという発想は、ステマに頼らずとも情報が広がる構造をつくるアプローチとして、マーケティング戦略の重要な柱になりつつあります。

 
信頼を競争力にする時代へ——規制後のデジタルPRが向かう先

ステマ規制は「使える手法を減らした」規制ではなく、「PR活動の基準そのものを引き上げた」規制だと理解するのが本質的です。制約のある環境で成果を出す企業は、これまで曖昧さに頼っていた施策を一度整理し、コンテンツの質と誠実さで勝負する方向に軸足を移しています。

デジタル広告の分野では、検索エンジンの変化もこうした流れを後押ししています。Googleは2022年以降、「E-E-A-T(経験・専門性・権威性・信頼性)」を検索品質評価の重要な指標として位置づけており、広告費をかけた露出よりも、実体験に基づく信頼性の高いコンテンツが評価されやすい方向へと変化しています。ステマ的な手法でSEOを操作しようとする施策は、法的リスクと検索順位の低下というふたつの代償を同時に背負うことになりかねません。

企業のPR担当者やマーケターにとって、この規制が示している最大のメッセージは「消費者は思った以上に情報を見抜く力を持っている」ということでしょう。SNSの普及によって情報の格差が縮まり、広告かどうかを見分ける目が消費者側に育ってきた時代に、隠すことで得られる効果は以前より薄れています。むしろ「これは広告ですが、それでもお薦めできる理由があります」と正面から伝えるブランドが、長期的な支持を集めやすい環境が整いつつあるといえます。

規制施行から約2年が経過した今、日本のデジタル広告・マーケティング業界はルールが定着する時期を迎えています。違反リスクへの対処から、透明性をブランドの強みにするフェーズへ——その転換を前向きに進める企業こそが、これからの消費者との関係を築いていくでしょう。

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インターネット・Webサービス

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