多言語防災アプリの進化、インバウンド対応の鍵に

日本を訪れる外国人観光客が増え続けるなかで、災害大国とされるこの国で「言葉の壁」をどう乗り越えるかが問われています。地震や豪雨、津波といった災害に直面した際、言語の違いによって情報が伝わらず、避難が遅れるケースが懸念されています。観光客にとっては、土地勘もなく、行政や報道機関の情報にもアクセスしづらい状況があり、心細さが一層強まります。そうした課題に応える存在として注目されているのが「多言語防災アプリ」です。災害時に即座に情報を受け取り、自分の居場所に合った行動をとれるようサポートするこれらのアプリは、単なるツールを超え、観光立国・日本の信頼を支える重要な社会基盤となりつつあります。

 

災害リスクとインバウンドの交差点にある課題

日本は四季の変化が美しく、豊かな自然と文化に恵まれた国である一方で、地震や台風、洪水、土砂災害など、多様な災害リスクを抱えています。2024年元日の能登半島地震では、観光地を訪れていた外国人旅行者が、避難情報の取得に苦労したという報告も見られました。こうした事例は、国内の防災体制が外国人を十分にカバーできていない現状を浮き彫りにしています。

日本政府観光局のデータによれば、2023年には約2,500万人の訪日外国人が国内を訪れました。多くの人が観光地だけでなく、地方の温泉地や山間部、海沿いのエリアに足を運んでおり、どの地域でも外国人が被災する可能性があります。観光案内だけでなく、災害発生時に「何を、どのように伝えるか」が自治体や事業者に問われるようになっています。

 

多言語防災アプリが果たす役割と進化

多言語防災アプリは、単なる翻訳機能を超え、現在地に基づいた避難所の案内、気象庁の警報の通知、災害マップの表示など、多機能化が進んでいます。東京都の「防災アプリ」では、英語・中国語(簡体字・繁体字)・韓国語に対応しており、利用者の言語設定に応じて適切な情報が配信されます。また、アプリ内では災害時の持ち出し品リストや、避難時の行動ガイドも閲覧できるため、日本語に不慣れな人でも落ち着いて行動できる環境が整えられています。

観光庁が推進している「Safety Tips」アプリは、2024年現在14言語に対応し、利用者の国籍や旅行目的を問わず、基本的な防災情報をカバーしています。累計ダウンロード数は400万件を超えており、国際イベント開催時や災害発生時にはアクセス数が急増する傾向にあります。このようなアプリの普及によって、災害時のパニックを未然に防ぎ、行動の指針を与える体制が少しずつ整備されてきました。

さらに、AI翻訳技術や音声読み上げ機能の導入によって、視覚や聴覚に制限のある旅行者への対応も進められています。災害時に限らず、日常の安全・安心の延長としてアプリを使ってもらうための配慮が求められています。

 

観光・保険・通信の横断的な連携で安心を支える

防災アプリの効果を実感してもらうためには、自治体だけでなく、ホテルや鉄道会社、保険会社など、さまざまな業種が連携することが不可欠です。たとえば、一部の宿泊施設ではチェックイン時にアプリのインストールを促し、客室にQRコードを設置する取り組みが広がりつつあります。災害時の初動を支える準備は、平時の仕組みにこそ組み込む必要があります。

保険会社の中には、外国人旅行者向けに多言語で災害対応や補償の流れを案内するサービスを整備しているところもあります。AIチャットによる相談窓口の整備、被害状況の自動翻訳レポート機能など、保険手続きに対する不安を軽減する仕組みが充実しつつあります。こうした対応は、外国人にとって災害リスクを受け入れるための前提条件となっており、日本での滞在を安心して楽しむための後ろ盾とも言えるでしょう。

通信インフラの観点でも、災害時にはモバイル通信が不安定になることがあるため、プッシュ通知によって軽量なデータを迅速に送信できるよう最適化が進められています。データ通信の制限下でも、命に関わる重要な情報が確実に届くよう設計されていることが、多言語防災アプリの信頼性を高めるポイントです。

 

真の“使える”アプリへ:課題とこれからの展望

こうした技術や仕組みが整ってきた一方で、訪日外国人が実際にアプリを「使いこなせているか」という点には、まだ課題が残ります。観光庁のヒアリングでは、「アプリの存在を知らなかった」「使い方が分からなかった」という声が寄せられており、利用者の事前認知と操作のしやすさが今後の課題とされています。

対策として、ビザ発給や航空券予約時にアプリ案内を行ったり、空港や主要駅でのガイド表示を整備したりすることで、来日直後から情報へのアクセス性を確保する取り組みが求められています。さらに、アプリのUIデザインを視覚的にわかりやすくし、災害初心者でも戸惑わない構成にすることが重要です。

今後は、避難行動支援のさらなる強化や、AIを活用した個別のアドバイス機能、さらには地域住民と外国人旅行者をつなぐ「共助ネットワーク」との連携も視野に入ってくるでしょう。防災を観光支援の延長線上に置くのではなく、共に危機を乗り越える基盤として位置づける姿勢が求められています。

 

まとめ

多言語防災アプリの整備は、外国人観光客の命を守るだけでなく、日本という国の信頼性を支える柱でもあります。災害という不可避な現実に対して、誰もが言葉に関係なく適切な行動をとれるようにすることは、観光立国としての責任であり、国際社会に対する誠実な姿勢の表れです。技術の進化とともに、現場の知恵と配慮が重なり合うことで、真に“使える”防災体制が築かれていくことを期待したいところです。

カテゴリ
大規模災害

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