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「想定外」という言葉が繰り返されるたびに 問い直したい、日本の防災の本質

大きな災害が起きるたびに、同じ言葉が流れてくる。「想定外でした」——。その言葉を聞くたびに、ふと思う。いったい、いつまで「想定外」であり続けるのだろうか、と。

1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、2024年の能登半島地震。大きな災害が起きるたびに、行政や専門家の口から同じ言葉が出てきます。「今回の規模は想定を超えていた」「これほどの事態は予見できなかった」——しかし、その言葉を耳にするたびに引っかかりを覚えるのは、一人だけではないはずです。

物理学者でもあった随筆家の寺田寅彦は、1934年に発表したエッセイ「天災と国防」のなかで、天災の被害を大きくしているのは人災だと断言し、平時から備えをしない人間の性質を鋭く指摘しました。「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉とセットで語り継がれてきた彼の洞察は、関東大震災から100年以上が経った今もまったく古びていません。むしろ、ますます切実に感じられます。

 

「想定主義」という落とし穴

日本の防災行政は長年、「想定」を中心に組み立てられてきました。ハザードマップをつくり、避難訓練を行い、防潮堤の高さを決める。こうした取り組みはすべて、「どこまでの規模に対処するか」という上限を設けることで成り立っています。

問題は、その上限が科学的・政治的・財政的な制約のなかで決められ、「起こりうる最大の事態」よりも「現実的に対処できる範囲」に引き下げられがちなことです。東日本大震災における津波被害がその典型でした。被災地の多くに事前に作られていたハザードマップは、実際に到達した津波よりも大幅に低い水準を想定しており、結果として住民に誤った安心感を与えてしまった可能性が指摘されています。マグニチュードが1増えるごとに地震の発生頻度はおよそ10分の1になりますが、確率が低いことと「起こらない」こととは、まったくの別物です。100年に一度の規模の地震は、ただ今の世代が経験していないだけであって、確実に存在しています。

 

「最悪のシナリオ」から考える

東北大学災害科学国際研究所の研究者たちは、東日本大震災の教訓として「危機管理は考えられる最悪のシナリオを基準にしなければうまくいかない」という点を一貫して訴えてきました。防災の出発点を「平均的な被害」ではなく「最悪の被害」に置くべきだという、シンプルですが本質的な考え方です。

内閣府の防災白書(令和5年版)によると、南海トラフ地震(マグニチュード8〜9級)が30年以内に発生する確率は70〜80%とされており、年を追うごとにその切迫性は増しています。首都直下地震についても、30年以内に70%程度という数字が長年変わらないまま示され続けています。これほどの確率を前にして、「想定外」が再び繰り返されるような事態は、どうしても避けなければなりません。

東日本大震災の被災地・岩手県釜石市では、当時の中学生・小学生およそ570人が全員避難に成功したことで知られています。「津波てんでんこ(てんでんばらばらに、とにかく逃げろ)」という三陸地方の言い伝えと、日頃の防災教育で繰り返し伝えられてきた「想定にとらわれず、その場で最善を尽くせ」という姿勢が、結果として命を守りました。指定の避難場所が危ないと判断した瞬間、子どもたちは自ら次の避難先を選び、動き続けました。マニュアルも防潮堤ももちろん大切な備えですが、想定が崩れたときに最後の砦になるのは、一人ひとりの判断力と地域のつながりではないでしょうか。

 

「想定外」という言葉を使わない社会へ

では、何を変えればいいのでしょうか。まず必要なのは、防災の発想そのものを転換することです。「どこまで備えるか」という上限から考えるのではなく、「最悪、何が起こりうるか」という下限から発想することへの切り替えが求められます。内閣府も「想定外があってはならない」という姿勢を示してはいますが、それが現場の計画にしっかり落とし込まれるまでには、まだ大きな距離があります。

財政的な制約や地域ごとの温度差を乗り越えるためには、国全体の強いコミットメントと、住民一人ひとりの当事者意識の両方が欠かせません。電力網や通信インフラ、物流が高度に発達した現代の日本では、一点の被害が瞬時に全体へ波及する脆弱さを抱えています。寺田寅彦が「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」と記してから90年以上が経ちましたが、この事実は今も何ひとつ変わっていません。

次の大災害が来たとき、またしても「想定外でした」という言葉が流れないように。そのために今この瞬間から問い直し続けることが、私たちに課せられた責任だと思われます。

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