サブブランド戦略で拡張するホテルグループの新展開
グローバル化とライフスタイルの多様化が進むなか、宿泊施設に求められる価値も劇的に変化しています。従来の「泊まる場所」としての役割を超え、ホテルは“ブランド体験”そのものへと進化しています。こうした時代の潮流に応える形で、多くのホテルグループが採用しているのが「サブブランド戦略」です。これは単なる新ブランド展開ではなく、ターゲットの明確化、地域文化との融合、そして顧客接点の最適化を同時に実現する、極めて戦略的なブランディング手法です。
ホテル業界におけるブランド・アーキテクチャの変遷
近年のホテル業界では、モノリシック型(一枚岩型)ブランドから、ハウス・オブ・ブランド(House of Brands)やエンドースメント型への移行が加速しています。マリオット・インターナショナルはこの典型例であり、親ブランド名を前面に出すことなく、「エディション」「オートグラフ コレクション」「モクシー」など、各ブランドが独立したポジショニングを構築しています。
このようなアプローチの意義は、消費者の選好行動に合わせてブランドポートフォリオを最適化できる点にあります。たとえば、価格志向、体験志向、エコ志向といった異なるインサイトに応じてブランドを細分化することで、LTV(顧客生涯価値)最大化を目指すことが可能です。
サブブランド戦略の実践:定義と目的
マーケティング戦略論において、サブブランドは「マスター・ブランドの認知と信頼性をレバレッジしつつ、新市場への参入リスクを低減する手段」として位置づけられています。これにより、完全な新ブランド立ち上げに比して、マーケティング投資ROIの初期効率が高まる傾向があります。
たとえば、星野リゾートの「OMO」シリーズは、「街ナカ観光ホテル」というセグメントに特化し、地方都市への展開を加速させました。OMOは1泊1万円前後という中価格帯ながら、ローカルガイドツアーやSNS撮影スポットの設置など、顧客のエンゲージメントを高める仕掛けを組み込んでいます。このように、サブブランドは価格弾力性と顧客体験価値(CX)のバランスを取る柔軟な装置といえます。
デジタル時代のブランディング施策:SNSとUGCの活用
サブブランドの認知拡大においては、従来型のマス広告ではなく、デジタルプラットフォームを通じたオーガニック流通が鍵となります。特にUGC(ユーザー生成コンテンツ)の活用は、広告としての信頼性を補完する役割を担います。
ホテルグループの事例では、開業時のインフルエンサー招聘によって初期のエンゲージメントを稼ぎ、その後は宿泊者のSNS投稿を「インスタグラム公式ストーリーで紹介する」などの施策で、リーチを最大化しています。このようなUGC型マーケティングは、CAC(顧客獲得コスト)を約30〜50%削減する効果があるとされ、リソース配分上でも優れた戦略です。
地域経済との連動:サブブランドのローカライゼーション戦略
また、現代のサブブランドは「単なる施設のブランド」ではなく、「地域との関係性」を前提とした戦略的装置でもあります。観光庁によると、宿泊施設の地域連携事業の採択件数は、2023年度に前年比1.8倍に達しており、地方創生文脈でのブランディングが求められています。
実際に、奈良県の旅館グループでは、既存施設を再活用し、アート滞在型サブブランドを立ち上げたことで、近隣のギャラリーや工房と連携し、地域回遊率を27%向上させました。このようなローカライゼーション戦略は、観光収益の多層化と地域との共存を実現する要諦といえるでしょう。
戦略的整合性とブランド連携
サブブランド戦略を成功に導くには、次の3点の戦略的整合性が不可欠です。
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セグメンテーションに基づくブランドポジショニングの明確化
ターゲットペルソナごとに、価格・サービス・世界観を明示し、ポジションを重複させない設計が求められます。 -
マスター・ブランドとの信頼継承
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サブブランドに独自性を持たせつつ、親ブランドのガバナンスと一貫性を確保することが重要です。ブランド・エクイティを毀損しない設計が求められます。
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中長期のKPI設計とPDCA
初年度の稼働率・客単価にとどまらず、5年スパンでのブランド定着度(NPSやリピート率)をKPIとして明文化し、継続的に改善を行う体制が望まれます。
ブランド戦略の再構築が企業の未来を左右する
かつては高級志向か経済性重視かという二元論で語られたホテル選びも、今や「その土地らしさ」「共感性」「発信価値」など、複雑な要素で構成される時代に突入しています。サブブランド戦略は、そうした多様な文脈に応答する柔軟性を持ち、単なる“拡張”ではなく、企業の文化と戦略の変革そのものであるといえるでしょう。
今後のホテル業界においては、ブランド設計、メディア戦略、地域連携を含む複合的な知見が、差別化と持続的成長の鍵を握ります。企業がいかにこの戦略を緻密に組み上げられるかが、ポスト・コロナ時代の競争優位を決定づけるでしょう。
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