デザインが育む市民意識:「見えない公共性」を可視化する
私たちの暮らす社会には、「公共性」と呼ばれる目に見えない価値が存在しています。公共性とは、一人ひとりの市民が等しくアクセスできる権利や空間、情報などを意味し、共に生きるための土台となるものです。しかし、こうした価値はしばしば「当たり前」として扱われ、その重要性が見過ごされがちです。そんな中、注目を集めているのが、デザインの力によってこの「見えない公共性」を可視化し、市民意識を育む取り組みです。
色彩と形状が導く心のバリアフリー
例として、東京都内の駅構内では、2010年以降、視覚障がい者への配慮として、黄色い点字ブロックの設置や案内板の高コントラスト化が進められています。特に地下鉄では、背景色に黒、文字に白や黄色を用いたサインが導入され、視認性が約30%向上したという調査結果もあります(東京都交通局報告書より)。このように、色彩と形状を戦略的に用いることは、単なる装飾ではなく、「誰にでも情報が届く」環境づくりに直結しているのです。
色彩心理学の観点からも、青は冷静さや安心感を与え、赤は注意や危機感を喚起するなど、色は感情に訴える効果を持ちます。公共空間におけるこうした色の使い分けは、人々の無意識下の行動を導き、混乱や事故を未然に防ぐ「心のバリアフリー」として機能しています。
視覚表現がつくる「社会の鏡」
広告や公共掲示物など、日常の中で目にする視覚表現は、実は社会の価値観を反映し、それを人々に無意識のうちに刷り込む力を持っています。たとえば、2015年にある自治体が作成した子育て支援ポスターでは、育児を担うのは母親という前提のビジュアルが使用され、批判を受けて修正されました。この事例が示すように、視覚表現は特定の性別や年齢、民族に偏った表現を含むと、それ自体が社会の偏見を再生産してしまいます。
一方で、近年ではダイバーシティとインクルージョンの観点から、多様な人物像を積極的に描く広告が増えてきました。2023年の東京メトロのキャンペーンでは、年齢や性別、障がいの有無にかかわらず、あらゆる人が共に過ごす様子をビジュアル化し、「公共交通はすべての人のもの」というメッセージを伝えることに成功しています。こうした表現は、市民の間に「誰もがこの社会の一員である」という意識を育てる効果をもたらしています。
災害時に求められる「わかりやすさ」のデザイン
デザインによる公共性の可視化は、非常時にも力を発揮します。東日本大震災以降、多くの自治体で避難所の案内表示が見直され、言語に頼らないピクトグラムや、多言語対応が進められました。ある自治体では、英語、中国語、韓国語を含む4言語で避難経路を表示した結果、外国人住民の避難完了率が従来の58%から86%にまで向上したと報告されています(内閣府防災情報サイトより)。
「誰にでも伝わるデザイン」は、緊急時に命を守るだけでなく、「この社会は自分も含めた全員のものだ」という意識を育てる基盤となります。つまり、見えにくい公共性を、視覚と情報の設計で可視化することは、平時にも有事にも重要な意味を持つのです。
市民参加と「共につくる」デザイン
さらに注目すべきは、公共空間のデザインに市民自身が参加するプロセスです。近年、全国各地で開催されている「まちづくりワークショップ」では、地域の案内板やベンチのデザインを住民と一緒に考える取り組みが広がっています。たとえば、神奈川県茅ヶ崎市では、小学生と高齢者が協力してバス停の看板をデザインし、地域の特色や歴史を反映した案内板が完成しました。このようなプロジェクトに参加した子どもたちの約82%が、「公共の場づくりに自分が関わっていると感じた」と回答しています(市教育委員会調査より)。
このように、デザインを通じた市民参加は、単に物理的な空間を整えるだけではありません。人々の意識を「他者と共に生きる市民」として育てる教育的な側面をも持ち合わせています。
おわりに:未来を育てるデザインの力
公共性とは、制度やルールの中にあるだけでなく、人々の感覚や意識の中に育まれるものです。そして、デザインはその意識を育て、目に見える形で社会に届ける重要なツールです。色、形、言葉、そして構造など、そのすべてが、人と人、人と社会をつなぐ橋となります。
デザインは美しさや利便性を超えて、社会のあり方そのものを問い直す力を持っています。見えにくかった公共性を、誰もが「見える」と感じられるようにすることで、私たちはより優しく、包摂的な社会を目指して進んでいくことができるでしょう。
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