サステナブル化粧品における“無添加表示”の法的グレーゾーン
環境への配慮や動物実験への反対といった倫理的な価値観が、日々の消費行動に影響を及ぼす時代になりました。中でもサステナブル化粧品は、肌や地球に優しい選択肢として注目を集めています。こうした製品の多くが強調するのが、「無添加」や「ナチュラル」といった表現です。一見すると安全性の高さを示すように感じられますが、実際にはこの「無添加表示」に明確な定義があるわけではなく、消費者に誤解を与える可能性も指摘されています。
法制度と広告表現、そして消費者心理のあいだにあるギャップは、想像以上に大きいものです。
「無添加」という言葉の曖昧さと法の空白
「無添加」とは、特定の成分を使っていないことを示す表現ですが、何をもって“添加”と見なすかは一律ではありません。日本の薬機法には「無添加」という語の定義が存在せず、企業の自主判断に委ねられているのが現状です。このため、A社が「パラベン無添加」と表記していても、B社は「香料・着色料無添加」と表示するなど、表現の内容に統一性がありません。
2018年に国民生活センターが実施した調査では、「無添加」と表示された20製品のうち、実際に何らかの合成成分や保存料を含むものが14製品を占めていました。これらの製品の多くが“無添加=安全”という消費者のイメージを利用しながら、別の合成物質を使っていたという事例が浮き彫りになっています。
このように、「無添加」という言葉は一見やさしさを装っているようでいて、法的には非常にグレーな領域に位置しています。その結果、表示を信じた消費者が製品の中身と一致しない期待を抱いてしまうケースが後を絶ちません。
サステナブルを装う広告表現の危うさ
企業が「無添加」や「天然由来」「オーガニック」などの表現を用いる背景には、倫理的価値やブランドの好感度を高めたいというマーケティング上の狙いがあります。実際、近年の調査によると、化粧品購入時に「環境や成分のやさしさ」を重視する消費者は全体の6割以上にのぼります。
一方で、実態とかけ離れた過剰な表現が炎上や信頼失墜につながるリスクも存在します。あるスキンケアブランドは、広告で「完全無添加・自然素材100%」をうたっていましたが、実際には合成保存料を使用しており、SNS上で批判が殺到しました。その後、企業は釈明と表記修正に追われることとなりました。
このような事例は、「サステナブル=信頼できる」という構図そのものを揺るがしかねません。ブランド価値を守るためにも、訴求力のあるキーワードの使い方には十分な注意が必要です。
成分への理解不足が招く情報の非対称性
化粧品の成分表示には、一般的に理解しにくい専門用語が多数含まれています。たとえば「グリチルリチン酸ジカリウム」「フェノキシエタノール」など、名前を見ただけでは安全性や目的が判断しにくいものばかりです。消費者が製品の安全性を見極めるには、ある程度の専門知識が求められてしまうため、企業の説明不足や曖昧な表示が信頼低下につながる場面も見受けられます。
日本消費者協会の2022年調査では、「無添加」と表示された製品に対して「安全性が高い」と答えた人は全体の64.3%でした。これは、表示そのものが安全の証明であるかのように機能していることを示しており、まさに「情報の非対称性」が生んだ誤認といえます。
企業にとっては法的リスクこそ小さいかもしれませんが、消費者の信頼を裏切る結果になれば、長期的にはブランドそのものが傷つく可能性があります。広告の効果と社会的責任のバランスをどう取るかが、今後ますます問われていくことでしょう。
透明性と対話がブランド価値を育てる鍵に
「無添加表示」のグレーゾーンを解消していくためには、いくつかの視点からの取り組みが必要です。まず、行政や業界団体によるガイドラインの整備が求められます。欧州では、広告表示に関して明確な基準があり、虚偽または誇張表現には罰則が科される場合もあります。日本においても、成分表示や広告の表現に関する法整備が今後進んでいくことが期待されています。
企業側には、自社製品の成分を丁寧に説明し、顧客との対話を積極的に行う姿勢が欠かせません。たとえば、成分ごとの安全性や役割について、消費者が理解しやすい言葉で説明する公式サイトを用意するなど、透明性のある情報提供が信頼につながります。
メディアやインフルエンサーにも、安易に「無添加だから安心」といった表現に頼るのではなく、成分の背景や科学的根拠を含めて、責任ある発信が求められます。伝える側の意識が変われば、消費者もより深く製品を選び取る力を養えるはずです。
本当の“やさしさ”とは何かを問い直す
「無添加」という表現は、安心や信頼といったポジティブな印象を消費者に与える一方で、実際の成分内容や製品設計との間にギャップが生じやすい言葉でもあります。サステナブル化粧品が大切にすべきなのは、単なるイメージ戦略ではなく、真摯で誠実な情報発信ではないでしょうか。
無添加という言葉の曖昧さをそのままにせず、より明確なルールと透明性を持って運用していくことが、業界全体の信頼向上に直結します。そして消費者自身も、「言葉のやさしさ」に惑わされず、製品の背景を知ろうとする姿勢が、自分自身と社会にとって健やかな選択につながるはずです。
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