「やりたいことがない」は強みかもしれない——問いを変えた先にある自分
その悩みはきわめて普通のこと
「やりたいことが見つからない」「自分には特別な才能も情熱もない気がする」——そう感じたことがある人は、思っているよりずっと多いものです。就活の面接、友人との会話、年齢の節目に書く自己紹介。そのたびに「好きなことは何ですか?」「将来の夢は?」と問われ、うまく答えられないたびに、どこか自分がおかしいんじゃないかと感じてしまう。
リクルートワークス研究所の調査によると、就労経験のある20〜30代のうち「自分のやりたいことが明確にある」と答えた人は、全体の約3割ほどです。つまり残る7割近くの人は、同じ問いを抱えたまま毎日を過ごしています。「やりたいことがない自分」は欠陥品でも何でもなく、むしろごく普通の状態といえます。
問題があるとすれば、自分の中にあるのではなく、問いのかたちにあります。「好きなことで生きていく」「天職を見つける」という言葉が世の中に広まるほど、それに答えられない人は傷つきやすくなっていきます。変えるべきは自分ではなく、問いかたのほうかもしれません。
「やりたいこと」を探す問いが、なぜ機能しないのか
「あなたはいったい何がやりたいの?」という問いは、見た目よりずっと答えにくいものです。心理学者のバリー・シュワルツは著書『選択のパラドックス』の中で、選択肢が多すぎると人はかえって決断できなくなり、不安だけが膨らんでいくと指摘しています。現代の「自分探し」も、まさにこれと同じ構造です。世の中に無数の生き方や職業がある中で、「その中からやりたいことを一つ選べ」と言われても、心が動かないのは当然でしょう。
もう一つ見落とされがちな問題があります。「やりたいこと=最初から自分の中に存在するもの」という前提が、この問いには埋め込まれているということです。スタンフォード大学のビル・バーネットとデイヴ・エヴァンスは『DESIGNING YOUR LIFE』の中で、「情熱は先にあるのではなく、行動の後に生まれる」と述べています。つまり「まず情熱を見つけてから動く」という順番が、そもそも逆なのです。
やったことがないことを、やってみる前に「好きかどうか」判断しようとするのは、食べたことのない料理の味を想像だけで決めるようなものです。「わからなかった自分」に失格の烙印を押す理由は、どこにもありません。
問いを変えると、見える景色が変わる
「やりたいことは何か」ではなく「何をしているとき、時間を忘れるか」——問いをこのように変えるだけで、視点はまったく違う場所に移動します。前者は将来への抽象的な設計図を求める問いですが、後者は今この瞬間の自分の感覚に根ざした問いです。
行動科学者のキャロライン・アダムス・ミラーらの研究では、自分の強みや関心を「過去の体験から振り返る」アプローチが、未来を抽象的に想像するよりも具体的な行動変容につながることが示されています。「昔、気づいたら時間が過ぎていたことは何か」「誰かに頼まれなくてもついやっていたことは何か」「腹が立つほど気になる社会問題はあるか」。これらは小さな問いのように見えて、「やりたいことは何か」という巨大な問いよりも、はるかに自分の内側から答えが出やすい構造をしています。
人生相談の場でよく見かけるのが、「やりたいことがない」と悩んでいる人が、実は他者の話をじっくり聞くことや、誰かのために動くことに長けているというケースです。本人は「こんなのは誰でもできる」と思い込んでいるため、才能として認識できていません。才能とは、自分にとって当たり前すぎて気づきにくいものです。「自分には何もない」という感覚こそが、実は才能のありかを指しているサインになっていることがあります。
「わからない」を出発点にする生き方
やりたいことが明確にある人が羨ましく見えることはあるでしょう。しかし実態として、明確な目標を持つ人と持たない人で人生の充実度に統計的な差があるかというと、話はそれほど単純ではありません。エール大学の心理学者エイミー・レズネスキーらが行った研究では、仕事に対して「calling(天職感覚)」を持つ人でも、それが強すぎるがゆえに燃え尽き症候群に陥りやすい傾向が確認されています。「やりたいことが見つかれば全てうまくいく」という考え方は、一種の幻想である可能性もあるでしょう。
大切なのは、「わからない」という状態を恥だと思わないことです。それは立ち止まっているのではなく、問いを更新している状態です。「やりたいことがわからない」という宙吊りの感覚は、自分の内側と正直に向き合えている証拠でもあります。
まず今週、一つだけ試してみてください。「やりたいことは何か」と自分に問うのをやめて、「最近、何が気になっているか」と聞いてみてください。答えは大きくなくて構いません。ニュースの一行でも、誰かの何気ない一言でも。そのかすかな反応こそが、自分の問いと出会い直す最初の一歩になるでしょう。
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