称賛が苦手な日本人のリアル——欧米型コミュニケーションが示す別の選択肢
褒めることへの苦手意識は、どこから来るのか
誰かを褒めようとして、なぜか口ごもった経験はありませんか。「上手ですね」と言いかけて、「お世辞っぽく聞こえないかな」「調子づかせてしまわないかな」と迷ううちに、タイミングを逃してしまう——日本で育った人には、こういう感覚がどこか身に覚えのあるものではないでしょうか。
これは個人の性格の問題というより、文化的な背景から来ているものと考えられます。オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステードが行った国際比較調査では、「個人主義スコア」という指標で各国の傾向が数値化されています。アメリカが91、イギリスが89なのに対し、日本は46と大きく低い水準にあります。この差が示しているのは、日本では自分を前に出すよりも、集団の中での調和を優先する意識が根強いということです。
褒めるという行為は、相手を個として認め、その価値を言葉にすることです。ところが「出る杭は打たれる」という感覚が染み込んだ社会では、誰かを特別に持ち上げることへの遠慮が生まれやすい。褒め下手な人が冷たいわけでも無関心なわけでもなく、長い時間をかけて文化的に学んできた振る舞いのパターンが、そうさせているのです。
謙遜が美徳になると、褒める言葉も届かなくなる
日本では「褒められたら謙遜で返す」という流れが、礼儀の一つとして根付いています。「まだまだです」「たまたまです」と返すことが自然とされていて、素直に「ありがとうございます」と受け取ると、どこか図々しい印象を与えてしまう場面さえあります。
この習慣が面白いのは、褒める側にも影響を与えている点です。どうせ謙遜で返ってくるとわかっていると、称賛の言葉が儀礼的な挨拶に近い意味合いになってしまいます。「お上手ですね」も、心からの感動ではなく、場をつなぐための言葉になりがちです。
アメリカではこの空気がまったく違います。褒められたら「Thank you, I worked really hard on it(ありがとう、頑張ったから)」と素直に返すのが自然なやり取りです。カリフォルニア大学バークレー校の社会学者アルリー・ホックシールドらの研究でも、アメリカでは感情をはっきり言葉にする文化が職場にも家庭にも浸透していることが指摘されています。褒める側も褒められる側も、そのやり取りをポジティブなものとして素直に受け取れる土台があるのです。
これは単なる言葉の習慣の違いではありません。自分への自信、他者への信頼感、そして職場や家庭における心理的な安心感にも、じわじわと影響していきます。
「褒めない文化」が現代の人間関係に与える影響
職場の話をすると、称賛があるかどうかはパフォーマンスに直結します。米ギャラップ社が2022年に行った職場のエンゲージメントに関するグローバル調査では、上司や同僚から定期的に認めてもらっていると感じている従業員は、そうでない人と比べて生産性が約14%高く、離職率も有意に低いという結果が出ています。「認められる」という体験は、精神論ではなく、人が動くための実質的なエネルギー源なのです。
日本の職場でよく見られるのは、「怒られなければOK」という消極的な基準です。明確に褒められることが少ないため、叱責がないことを無言の承認として受け取るようになっていきます。上司が褒めるとしても「まあ、よくできたほうだ」という留保つきの評価になりがちで、純粋な称賛はどこか居心地が悪いものとして扱われることもあります。
子育ての場面でも似たような傾向があり、2019年にベネッセ教育総合研究所が実施した調査では、子どもを「よく褒める」と答えた保護者は60%台にとどまり、「褒め方がわからない」という声も少なくありませんでした。欧米では自己肯定感を育てるために積極的に言葉で承認することが教育の基本とされているのに対し、日本では結果が出たときだけ褒めるという条件つきになりやすい傾向があります。内閣府の2019年度版「子供・若者白書」によると、自分自身に満足していると答えた日本の高校生は約45%で、調査対象の7カ国の中で最も低い水準です。
「褒め上手」は才能ではなく、練習できるスキル
欧米型コミュニケーションをそのまま日本に移植すればいいという話ではありません。文化には歴史があり、コミュニケーションのスタイルはその社会が積み重ねてきた価値観の反映でもあります。謙遜そのものが悪いわけではなく、問題はそれが「褒めることへの萎縮」につながるときです。
まず意識したいのは、称賛は相手を甘やかすものではなく、相手の努力や成果を「見ている」というメッセージだという点です。「よくできたね」の一言は、評価ではなく承認です。人は自分の存在や行動を誰かに認められることで、次の一歩を踏み出す力を得ることができます。
言葉を具体的にするのも大切で、「すごいですね」という漠然とした称賛よりも、「あのプレゼン、データの見せ方が本当にわかりやすかった」「締め切りをずっと守ってくれていて、助かっています」という言葉のほうが、相手の心に届きます。欧米のコーチングで使われる「SBI(Situation-Behavior-Impact)」モデルは、「どんな場面で・どんな行動が・どんな影響を生んだか」を言語化する手法ですが、日本語でもそのまま使えるシンプルな考え方です。
謙遜の文化と称賛の文化は、どちらかが正しいというものではありません。ただ、褒めることを少しずつ自分のコミュニケーションに取り込んでいくことで、人間関係の質は確かに変わっていきます。難しく考えなくても、今日感じたことを素直に言葉にするだけで、それは十分な第一歩になるでしょう。
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