効率化の先で失われる思考力と、脳パフォーマンスという視点

私たちは、これまでにないほど「時間」を意識して生きる社会にいます。動画は倍速、情報は要点だけ、仕事は同時並行でこなすことが称賛され、「タイパ(タイムパフォーマンス)」の高さが能力の指標のように扱われる場面も珍しくありません。しかし、その一方で、時間を詰め込んでいるはずなのに余裕がなく、思考が浅くなったと感じる人が増えているようにも見えます。効率化の先で、私たちは本当に楽になっているのでしょうか。
背景にあるのが「脳疲労」という見えにくい問題です。人間の脳は体重の約2%ほどの重さしかありませんが、全身エネルギー消費量の約20%を使う、非常に負荷の高い臓器です。そこへ大量の情報を高速で流し込み続けると、前頭前野を中心に過剰な負担がかかり、判断力や集中力が低下しやすくなります。いわゆる情報オーバーロードの状態です。
研究では、マルチタスクを頻繁に行う人ほど作業効率が落ち、IQが一時的に10ポイント前後低下する可能性が示されています。生産性が最大40%下がるという報告もあり、速さを求めた行為そのものが、結果的に遠回りになっているケースも少なくないと考えられます。ここに、タイパ至上主義の大きな矛盾があるのではないでしょうか。
「時間の効率」から「脳の状態」を整える発想への転換
こうした状況を踏まえると、単に作業スピードを上げる発想から一歩離れ、「脳がどのような状態で働いているか」に目を向ける必要があると考えられます。近年注目されている「脳パフォーマンス(脳パ)」という考え方は、脳を酷使するのではなく、最も良い状態で力を発揮できる環境を整える視点だといえます。
象徴的なのが睡眠です。睡眠時間を削れば一時的に使える時間は増えますが、6時間前後の睡眠が2週間ほど続くだけで、認知機能は徹夜状態に近い水準まで低下するとされています。集中力や判断力が落ちたまま仕事を続けることは、質の低下やミスを招きやすく、結果的には非効率になりかねません。脳パを重視する生活では、休息は余裕ではなく、成果を支える前提条件として捉えられるでしょう。
さらに、脳には時間帯ごとの特性があります。起床後2〜3時間は論理的思考や判断に適した状態になりやすく、この時間帯に重要な課題を集中させることで、少ない労力で高いアウトプットが期待されます。一方で、午後にかけてエネルギーが落ちる時間帯には、単純作業や対話中心の仕事を配置するほうが自然でしょう。脳の負荷に合わせた時間配分は、一日の密度そのものを高める効果が見込まれます。
食事・運動・環境が脳の出力を静かに左右する
脳パフォーマンスは、意志や気合だけで決まるものではありません。日々の食事や環境も、大きな影響を与えています。糖分の多い間食による急激な血糖値変動は、集中力の低下や眠気を引き起こしやすく、安定した思考を妨げる要因になります。ここで注目されているのが、全粒穀物、野菜、良質な脂質を中心とした食習慣です。青魚に含まれるDHAやEPAは神経伝達を助け、認知機能の維持に役立つと考えられています。特別な食事管理をしなくても、週に数回意識するだけで、脳への長期的なプラスになるでしょう。
さらに、1日20分程度のウォーキングでも、脳由来神経栄養因子(BDNF)の分泌が促され、記憶力や学習能力の維持が期待されます。加えて、換気やデスク周りの整理、自然光を取り入れる工夫なども、脳にかかる無意識の負荷を減らすうえで有効です。環境を整えることは、思考のノイズを減らす行為ともいえそうです。
没入できる思考こそが、これからの価値になる
脳パフォーマンスの理想的な状態として挙げられるのが、時間感覚を忘れるほど集中した「フロー状態」です。通知や割り込みが絶えない環境では、この状態に入りにくく、思考は常に分断されがちになります。深い理解や創造的な発想は、静かで連続した思考の中から生まれることが多いのではないでしょうか。
その意味で、情報を減らす選択も重要になります。週末にスマートフォンから距離を置いたり、インプット量を意識的に抑えたりすることで、内省を司る脳のネットワークが活性化しやすくなるとされています。何かを詰め込まない時間が、新しい視点や発想の余地を生み出すことが期待されます。
これからの社会で高い価値を生み出すのは、処理速度の速さだけを武器にする人ではなく、自分の脳の特性を理解し、状態を整えられる人だと考えられます。タイパという量の発想から、脳パという質の発想へ視点を移すことは、忙しさから抜け出し、より創造的に生きるための現実的な戦略ではないでしょうか。効率の先にある、冴えた思考と余白のある状態こそが、情報過多の時代をしなやかに生き抜く鍵になると思われます。
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