二番経営的幸福論 2025

はじめに
「幸せって何だろう?」
この永遠の問いに対して、毎年一つの答えを提示し続けているのが、ギャラップ社による「世界幸福度調査(World Happiness Report)」だ。2025年3月に発表された最新の調査結果は、私たちに興味深い示唆を与えてくれる。
ポッドキャスト番組「二番経営」の第60回エピソード「二番経営的幸福論」では、この調査結果をもとに「幸せ」という抽象的な概念をいかに具体化するかという視点から議論が展開された。本記事では、その内容を参考に、ビジネスパーソンにとって重要な「曖昧なものを具体的に落とし込む」技術と合わせて考察したい。
世界幸福度調査が示す意外な結果
予想外の上位国
2025年版の世界幸福度ランキングを見ると、例年通り北欧諸国が上位を占めている。1位フィンランド、2位デンマーク、3位アイスランド、4位スウェーデンという顔ぶれは、多くの人が納得するところだろう。
しかし、注目すべきは8位にランクインしたイスラエルだ。現在進行形で戦争状態にある国が幸福度ランキングの上位に入っているという事実は、私たちの「幸せ」に対する固定観念を揺さぶる。経済成長と家族重視の文化が理由として挙げられているが、これは幸福度の測定がいかに多面的で複雑かを物語っている。

日本の現状とその理由
一方で、日本は55位という結果だった。先進国の中では比較的低い位置にあり、社会的孤立の増加と若年層の幸福度低下が影響していると分析されている。お隣の韓国は58位、中国は68位と、東アジア諸国全体が低い傾向にある。
特に興味深いのは、デジタル競争力ランキングでは日本を上回る中国や韓国も、幸福度では同様に低い数値を示していることだ。経済発展と幸福度は必ずしも比例しないという現実が浮き彫りになっている。
幸福度を測る8つの指標
科学的アプローチによる具体化
ギャラップ社の調査では、「幸せ」という抽象的な概念を以下の8つの具体的な指標で測定している:
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GDP(一人当たりの購買力平価調整済み)
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健康寿命
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社会的支援の有無(困ったときに頼れる人がいるか)
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人生の選択の自由度
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寛容さ(寄付やボランティア活動の頻度)
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政府やビジネスに対する腐敗認識
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社会的信頼(財布を落としたときに返ってくるか)
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メンタルヘルスや自殺率
これらの指標設定は、「幸せ」という主観的で曖昧な概念を客観的に測定可能な要素に分解する試みとして、非常に参考になる。特に注目すべきは、「財布を落としたときに返ってくるか」という具体的な行動実験まで含まれていることだ。
調査結果が示すキーファクター
調査の総括では、「社会的信頼」と「人とのつながり」が幸福度に大きな影響を与えることが確認されている。また、「思いやりと分かち合い」が社会の幸福を向上させる重要な要素であることがデータから明らかになった。
これは単なる感情論ではなく、データに基づいた科学的な結論である点が重要だ。
脳科学から見る幸福の3要素
樺沢紫苑著「精神科医が見つけた3つの幸福」からの知見
さて、今度はギャラップ社の社会的なデータ調査に基づく「幸福」とは別に、人間が一人ひとり脳内でどの様に「幸福」感を取られているか?脳科学的な側面からみていきたい。
精神科医の樺沢紫苑氏の著書「精神科医が見つけた3つの幸福」によると、人間が幸せを感じるとき、脳内では100種類以上の幸福物質が分泌されるが、その中でも特に影響の大きい「3大幸福物質」があることが示されている。
1. セロトニン的幸福(心と体の健康の幸福)
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心身が安定し穏やかな状態から得られる幸福感
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自然に触れる、運動する、規則正しい生活を送るなどで分泌
2. オキシトシン的幸福(つながりと愛の幸福)
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人との絆や愛情から得られる幸福感
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スキンシップ、コミュニケーション、愛情表現で分泌
3. ドーパミン的幸福(成功・達成の幸福)
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目標達成や報酬による高揚感から得られる幸福感
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承認欲求の充足、成功体験、達成感で分泌
幸福の優先順位と持続性
重要なのは、これらの幸福物質には優先順位と持続性の違いがあることだ。同書によると、ドーパミンは最も強い幸福感をもたらすが、短時間で消失する。一方、セロトニンは最も長く続き、オキシトシンがその中間に位置する。
つまり、持続的な幸福を得るためには、セロトニン(健康)→オキシトシン(人間関係)→ドーパミン(達成)の順番で整えることが重要だという。
ビジネスにおける「具体化」の重要性
No.2に求められるスキル
ポッドキャスト「二番経営」では、組織の「No.2」の役割について議論されているが、その中で重要なテーマの一つが「曖昧なものを具体的に落とし込む」能力だ。
トップが描く抽象的なビジョンや理念を、実行可能な具体的な施策に落とし込むのがNo.2の重要な役割である。今回の世界幸福度調査の事例は、まさにこの「具体化」プロセスの良い例と言えるだろう。
抽象的理念の具体化プロセス
多くの企業では「従業員の幸福」や「社会貢献」といった抽象度の高い理念を掲げているが、これらを実際の経営や業務において具体的な行動指針に落とし込む必要がある。「幸福の追求」という曖昧な目標を、測定可能で実行可能な要素に分解することが、No.2には求められる重要なスキルなのだ。
映画「PERFECT DAYS」が示す幸福のバランス
日常の中の3つの幸福
役所広司主演の映画「PERFECT DAYS」の主人公・平山のルーティンは、3つの幸福要素のバランスが取れた生活の好例として紹介されている。
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朝の空を見上げる習慣(セロトニン的幸福)
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後輩との交流や妹との邂逅(オキシトシン的幸福)
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仕事の達成感(ドーパミン的幸福)
このように、日常の中で3つの幸福要素をバランス良く取り入れることで、持続的な幸福感を得ることができるという示唆を与えてくれる。
No.2が持つ「幸福の二重性」
他者の成功を自分の幸福とする
「二番経営」の議論の中で興味深い指摘があった。No.2の立場にある人は、「ドーパミン的な幸福を二重で味わえる」可能性があるということだ。
自分が貢献したことによって何かがうまくいく達成感と、それによってNo.1が成功する喜びを同時に感じることができる。これは、他者の幸福を自分の幸福として感じる能力と言い換えることもできるだろう。
No.1とNo.2の精神的負荷の違い
一方で、No.1とNo.2の精神的負荷には大きな違いがある。No.1は常に最終的な決断を迫られ、その責任を一人で背負わなければならない。これは、セロトニン的幸福(心の安定)を得ることを困難にする。
No.2は、No.1が決めた方向性に従って行動すれば良いという面があり、ある意味で迷いが少ない。この点で、No.2の立場には精神的な安定を得やすいという利点があると言える。
現代社会への示唆
成功の定義を見直す
番組では、有名人が経済的成功を追求した結果、日常的な喜びを感じにくくなり、虚無感を覚えたという話を引用した。これは、ドーパミン的幸福だけを追求することの限界を示している。
現代のビジネス社会では、ついドーパミン的な成功(売上、昇進、承認など)ばかりに注目しがちだが、持続的な幸福のためには、セロトニン的要素(健康、安定)とオキシトシン的要素(人間関係、つながり)の土台が重要であることを忘れてはならない。
組織における幸福度の向上
世界幸福度調査が示すように、「思いやりと分かち合い」「社会的信頼」「人とのつながり」が幸福度に大きく影響する。これは組織運営においても重要な示唆を与えてくれる。
単に業績を追求するだけでなく、メンバー間の信頼関係を築き、お互いを思いやる文化を醸成することが、結果的に組織全体の幸福度向上につながる可能性がある。
まとめ
世界幸福度調査は、「幸せ」という抽象的な概念を8つの具体的な指標で測定することで、各国の現状を可視化している。この「具体化」のプロセスは、ビジネスにおいても応用可能な重要なスキルだ。
「精神科医が見つけた3つの幸福」が示すように、持続的な幸福には順序がある。まず心身の健康(セロトニン)を整え、次に人とのつながり(オキシトシン)を大切にし、最後に達成感(ドーパミン)を追求する。この順序を意識することで、より充実した人生とキャリアを築くことができるだろう。
特にNo.2の立場にある人は、他者の成功を自分の幸福として感じる能力を活かし、組織全体の幸福度向上に貢献できる可能性を秘めている。曖昧な理念やビジョンを具体的な行動に落とし込む能力は、現代のビジネスパーソンにとって不可欠なスキルと言えるだろう。
「幸せ」について考えることは決して非現実的なことではない。むしろ、それを科学的に分析し、具体的な行動に落とし込むことで、個人と組織の両方がより良い方向に向かうことができるのではないだろうか。
出典:
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ポッドキャスト「二番経営」第60回「二番経営的幸福論」
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ギャラップ社「世界幸福度報告(World Happiness Report 2025.3)」
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樺沢紫苑著「精神科医が見つけた3つの幸福」
本記事はポッドキャスト番組「二番経営」をベースに執筆しています。さらに詳しい内容は是非ポッドキャストでお聴きください。
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著者:勝見 靖英(株式会社オーツー・パートナーズ取締役)
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