どうして経営者は「なぜそんなに時間がかかるんだ?!」と感じるのか(B)~学術編「戦略実行ギャップ」

時間がずれる組織
戦略を立てた経営者が、着手後まもなく
「なぜそんなに時間がかかるんだ?!」
「まだ終わらないのか?」
と焦る――。
これは単なる性格差ではなく、Strategy-Execution Gap(戦略実行ギャップ)と呼ばれる組織現象である。
ハーバード・ビジネス・レビューの調査によれば、策定した戦略の平均 37 % しか予定通り実現できていない企業が多いと報告される[1]。
また Cândido & Santos は 112 社の定量分析から、戦略の 30〜70 %が実行段階で失敗する可能性を示した[2]。
なぜこのギャップが繰り返されるのか。以下では五つの層からそのメカニズムを解き明かす。
Strategy-Execution Gap(戦略実行ギャップ)のメカニズム
1. 構造ギャップ ― 階層が情報をろ過する
バーナード以来、階層とコミュニケーション摩擦の関係は繰り返し検証されてきた。承認経路が多段化すると、トップが発した「目的・期限・優先度」は中間管理層で圧縮・変形され、現場に届く頃には希薄化する[3]。
この“多段式ろ過フィルター”は、ミドルが「保身的要約」を行いがちなエージェンシー問題によってさらに深刻化する[4]。
2. 認知ギャップ ― 地図と地形の不一致
ワイクの Sensemaking 理論によれば、人は固有の経験を手がかりに状況に意味づけを行う[5]。
経営者は抽象度の高い“地図(将来像)”を扱うのに対し、現場は“地形(日々の作業)”に没頭するため、同じキーワードでも解釈が食い違う。
実務研究では、この抽象-具体ギャップが期日遅延の主要因になることが示唆されている[6]。
3. 情報ギャップ ― 悪いニュースは上がらない
ミンツバーグらが指摘した Bad-News Suppression 現象では、悪い情報ほど上層に上がりにくい[7]。
さらにエージェンシー理論が示すように、情報を持つ現場は自己評価を守るインセンティブが働く[4]。
結果、遅延が表面化するのは締切直前。経営者は突然の“驚き”に「なぜそんなに時間がかかるんだ?!」と憤る。
4. 文化・慣性ギャップ ― ルーチンの粘性
ネルソン&ウィンターは組織ルーチンを“準遺伝子”と呼び、その粘性が変革を遅らせると述べた[8]。
Pfeffer & Sutton の Knowing-Doing Gap 研究も、議論だけで満足する文化が行動を生まないと実証した[9]。
経営者が新方針を宣言しても、慣性が強い現場では「前例がない」の一言で先送りされる。
5. 動機づけギャップ ― 評価指標のミスマッチ
報酬システムは行動を規定する。
部門ごとの短期 KPI が優先されれば、全社戦略は「いつかやる」案件になる[10]。
Kaplan & Norton はこのミスマッチを解消するため、戦略を財務・顧客・業務プロセス・学習成長の多視点に翻訳し、行動に連結する指標体系としてバランス・スコアカード(BSC)を提唱した[11]。
ギャップが連鎖すると何が起こるか
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期限が曖昧なまま指示が落ちる
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小さな遅延が隠蔽される
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トップの叱責が強まり現場が萎縮
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さらに報告が遅れる
という負のスパイラルが形成される。
Bossidy & Charan はこれを「Execution Trap」と呼び、
進捗レビューと対話の欠如が原因だと指摘した[12]。
ギャップを縮める4つの処方箋
ここからは「まだ終わらないのか?」を無くす具体策として、4つの処方箋を紹介します。
【1】戦略の翻訳
ビジョン → 行動リストまでを一気通貫に見せる、Kaplan & Norton[11]
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やること
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会社のビジョン・中期戦略を OKR や バランス・スコアカード で分解。
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各部門はそれを週次タスクにまで落とし込む。
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ねらい
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抽象論を排し、現場が「いつ」「何を」やればいいかを即判別。
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目的・期限・責任者が“見える化”され、優先度のズレを防ぐ。
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【2】垂直対話の仕組み化
トップの物語 ⇄ 現場の疑問 を毎月往復させる、Kotter の変革 8 ステップ[13]
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やること
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月1タウンホールで経営者が戦略の背景ストーリーを語る。
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階層別 1on1 をセットし、現場の「なぜ?」を汲み取る。
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ねらい
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Sensemaking(意味づけ)のギャップを早期に修正。
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“まだ終わらない”の根本原因=目線のズレを潰す。
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【3】進捗のリアルタイム可視化
ダッシュボード+アラートで遅延を即キャッチ、Wiraeus & Creelman の動的 BSC[14]
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やること
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主な戦略KPIをクラウドダッシュボードで自動更新。
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進捗が閾値を超えたらチャットに自動通知。
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ねらい
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悪いニュースが上がらない“空白期間”をゼロに。
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経営陣も現場も同じ数字を同じタイミングで見るため、「想定外遅延」の驚きを回避。
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【4】実行重視の評価と報酬
動いた人が得をする ルールをつくる
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やること
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部門KPIだけでなく「戦略施策達成率」を個人評価に組み込む。
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小さな試行錯誤や学習成果にもインセンティブ。
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ねらい
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ルーチン優先→チャレンジ優先へ文化をシフト。
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“やれば叱られない”から“やれば評価される”へ意識を転換。
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【まとめ】
1.翻訳する、2. 対話する、3. 可視化する、4. 報いる。
この4点を“同時に”回し続けると、
構造・認知・情報・文化・動機づけ
五つの壁が少しずつ薄くなり、
「なぜそんなに時間がかかるんだ?!」が
組織から消えていきます。
結論:翻訳と学習がスピードを生む
Strategy-Execution Gap は 構造・認知・情報・文化・動機づけの五層が絡み合うシステム問題である。
経営者が感じる「なぜそんなに時間がかかるんだ?!」は、このシステムが同調していない警報だ。
抽象的なビジョンを現場が読める行動に翻訳し、双方向で学習する回路を回す。
それこそが時間差を縮め、戦略を成果へ変える唯一の道である。
本稿では、経営者が戦略実行の遅れに「なぜそんなに時間がかかるんだ?!」と感じる背景を「Strategy-Execution Gap(戦略実行ギャップ)」という学術的視点から整理しました。
一方、日常的な経営シーンの具体的な体感や心理的要素については、私自身の仮説である「認知相対性理論」を提唱しています。
現場感覚により近い視点から理解を深めたい方は、以下の記事もぜひご覧ください。
→ どうして経営者は「なぜそんなに時間がかかるんだ?!」と感じるのか(A) ~私説「認知相対性理論」編

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著者:勝見 靖英(株式会社オーツー・パートナーズ取締役)
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