多拠点化・部門間の“縦割り”を乗り越える人事施策とは?
〜人事施策がつなぐ、組織の横断力と未来の働き方〜
テレワークやデジタル化が進展する現代において、企業はかつて以上に多拠点での運営体制を築くようになっています。拠点の分散は、地域特性への柔軟な対応や人材確保の面で多くの利点をもたらしますが、その一方で、拠点や部門間に生じる「見えない壁」が、企業の一体感や業務効率に影響を与えることもあります。
とくに問題となるのが、業務の専門性や拠点ごとの独立性が強まる中で、縦割り構造が固定化されやすいという点です。この構造が定着すると、部門ごとの目的や動きが優先され、企業全体としての方向性を共有しづらくなってしまいます。
こうした課題に直面する企業にとって、人事部門は重要な役割を果たします。単なる人員配置ではなく、社員の成長、部署間の連携、組織文化の形成までを視野に入れた施策が求められているのです。本記事では、多拠点化が進む組織において縦割り構造をやわらげ、横断的なつながりを育てるための人事施策について、丁寧に紐解いていきます。
分断が生まれる構造を理解することから始める
多拠点化が進む企業では、各拠点が業務の自律性を持つようになり、業績評価や目標も局所的なものになりがちです。その結果、情報共有の重要性が後回しにされ、異なる部門や拠点間で連携する機会が減ってしまう傾向があります。仮に各部門がそれぞれの業務を遂行できていたとしても、全体としての統一感が欠け、顧客満足度や市場への対応力に影響が出ることがあります。たとえば、営業部門が顧客から受け取ったニーズを開発部門へ伝えようとしても、言葉や価値観の違いからうまく伝達できず、新商品の方向性にずれが生じることもあります。
このような誤解やすれ違いが積み重なると、部門間の信頼関係が薄れ、業務効率だけでなく職場の雰囲気にも悪影響を及ぼすことになりかねません。そのため、まずは人事がこうした構造上の分断に目を向け、全体をつなぐ視点を持つことが第一歩となります。
人の流れが“横のつながり”を生む
縦割りの固定化を防ぐために最も有効な施策のひとつが、意図的な人材の流動化です。社員がさまざまな拠点や部門を経験することで、組織全体への理解が深まり、協働意識が育ちやすくなります。一定のキャリアを積んだ社員に対して、別の部門や異なる地域の拠点での業務を経験させる制度を導入することで、業務の視野を広げることができます。実際に、関西で営業を担当していた社員が関東の製造拠点に異動し、そこで現場の視点を学んだ結果、次のプロジェクトで全社的な視点を持った戦略提案ができるようになったという事例もあります。
また、長期的な異動に限らず、短期間の研修や社内留学といった形でも効果は期待できます。他部門の業務を一定期間観察・体験することで、自部門とのつながりや役割の意味を実感しやすくなるからです。こうした経験を積んだ社員は、部門間の橋渡し役として活躍することが多く、結果として組織全体の連携力が高まっていきます。
“伝える力”と“聴く姿勢”を育てる組織へ
人材の循環と同時に重要なのが、コミュニケーションの質を高めることです。拠点や部門が異なる中で信頼関係を築くには、情報を正確に伝える力、そして相手の立場に立って理解しようとする姿勢が欠かせません。
多くの企業では、社内研修としてコミュニケーションスキルをテーマにしたプログラムを導入しています。内容は、論理的に意見を伝えるトレーニングや、相手の考えを引き出す対話技法、オンライン会議における表現力など多岐にわたります。こうした研修は、単に話す力を養うだけではなく、共通言語の形成にもつながり、部門間の認識ギャップを減らす効果があります。
また、制度として部門横断の定例会議や社内ラジオ、自由参加型の雑談タイムなどを設ける企業もあります。これらは業務に直結する場ではなくとも、「顔の見える関係性」を築くきっかけになり、何かあったときに相談しやすい土壌を生み出します。信頼関係は一朝一夕に築けるものではありませんが、こうした小さな対話の積み重ねが、縦割りをやわらげる大きな力となります。
キャリアの多様性が壁を超える力になる
もう一つ見逃せないのが、社員一人ひとりのキャリア設計における多様性の確保です。従来のように、ひとつの部門で長く経験を積み、専門性を高めて昇進していくモデルも重要ではありますが、それだけでは部門を越えたつながりをつくることは難しい側面があります。そのため、横断的な経験を積むことをキャリア評価の要素として明文化することが有効です。たとえば、複数部門での勤務経験を昇進要件に含める制度や、社内公募制度を活用した越境型キャリア支援などは、社員の挑戦を後押しする仕組みとなります。
組織がこうした柔軟なキャリアパスを用意することで、「自分はこの部門に縛られている」という意識から解放され、より広い視野を持って働くことができるようになります。その結果、部門間で自然な連携が生まれ、会社全体が一体となって動ける体制が築かれていきます。
結びにかえて
多拠点化や専門分化が進む社会の中で、企業が持続的な成長を目指すには、「人と組織のつながり」をどれだけ丁寧に育てられるかが大きな鍵になります。縦割り構造は一見効率的に見えるかもしれませんが、それだけでは変化の波に柔軟に対応することは難しくなってきています。
人事施策を通じて、人の配置や育成、コミュニケーション、キャリアの設計までを全体的に見直すことで、拠点や部門を越えた連携が日常の一部となるような組織文化が根づいていきます。社員が安心して挑戦できる環境、そして誰とでも協力できる風通しのよさは、企業にとって確かな強みとなるはずです。
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