兄弟姉妹と不仲のまま大人になると、じつは失っているもの

「もう関わりたくない」「連絡しなくても困らない」——きょうだいとの関係をそう割り切って生きている大人は、決して少なくありません。厚生労働省の調査によれば、50代以上の約3割が「きょうだいとほとんど連絡を取らない」と回答しており、都市部ではその割合がさらに高い傾向にあります。仲が悪いまま社会人になり、やがて互いの生活が忙しくなって自然と疎遠になる——そのプロセスは非常にスムーズで、気づいたときには何年も言葉を交わしていなかった、というケースは珍しくありません。しかし、その「割り切り」の裏側で、私たちはいくつかの大切なものを静かに手放し続けているかもしれません。

 

きょうだい関係は「最も長い人間関係」である

人生において、親とは平均して50〜60年、配偶者とは40〜50年の関係を築きますが、きょうだいとは生まれたときから死ぬまで、場合によっては70年以上を共有します。これは、人が一生のうちで経験するあらゆる人間関係の中で最長の部類に入ります。アメリカの発達心理学者ヴィクター・セガレンは、きょうだい関係を「社会化の最初の実験場」と表現しました。幼少期に喧嘩し、競い合い、時に助け合う中で、私たちは他者との距離感や感情の処理の仕方を学んでいきます。その関係性が大人になっても断絶したままであるということは、単に「一人の親族と縁が薄い」という話にとどまらず、自分自身の人格形成の出発点から切り離された状態が続くことを意味しています。

不仲の原因は実に多様です。親の遺産相続、幼少期の扱いの差、価値観のぶつかり合い、嫁姑問題への巻き込まれ——それぞれに深刻な背景があることは確かです。ただ、興味深いのは、疎遠になったきょうだいを持つ人の多くが「特に激しく喧嘩したわけではない」と語る点です。大きな爆発があったのではなく、小さなすれ違いが積み重なって、いつの間にか連絡する習慣が失われていく。このような緩やかな断絶は、問題として認識されにくいぶん、修復のきっかけもつかみにくいという側面があります。

 

孤立リスクと心身への影響は無視できない

きょうだいとの不仲が長期化すると、精神的・身体的な健康への影響が出ることを示す研究が複数存在します。ハーバード大学が75年以上にわたって行った「成人発達研究(Grant Study)」では、良質な人間関係が幸福度と長寿に直結することが繰り返し示されています。家族との絆もその重要な構成要素の一つであり、血縁関係の断絶は孤独感を高め、うつ病リスクや認知症発症との相関が確認されています。

日本においても、孤独・孤立対策推進法が2023年に施行されたことに象徴されるように、人間関係の希薄化は社会問題として認識されるようになっています。内閣官房の調査では、「孤独をよく感じる・時々感じる」と答えた人の割合は国民全体の約40%に上り、特に40〜50代の中年層での増加が顕著です。この世代は、ちょうどきょうだいとの疎遠が固定化しやすい時期と重なります。

孤立は精神面だけに影響するわけではありません。きょうだいがいる人は、いざというときに家族内でのセーフティーネットを活用しやすい立場にあります。病気や失業、介護といった人生の危機的局面において、きょうだいがサポートを提供できる関係にあるかどうかは、現実的な問題として大きな差を生みます。不仲のまま老いていくと、そのネットワークが機能しないばかりか、親の介護や相続といった共同作業が必要になった際に極めて深刻な軋轢が生まれやすくなります。

 

「自分の物語」を共有できる人を失う

きょうだいにしか分からないことがあります。幼い頃に食べた夕食の味、親の口癖、初めて家族旅行に行ったときの記憶——そうした「共有された過去」を持つ存在は、他の誰かに置き換えることができません。親が亡くなったとき、その喪失感がことさら大きくなるのは、共通の記憶を持つ人間がまた一人いなくなるからだとも言われています。きょうだいと不仲であり続けるということは、その「共有された物語の保管者」との回路を閉じておくことを意味します。

心理学では「自伝的記憶」という概念があり、これは自分が何者であるかというアイデンティティを支える記憶の体系を指します。きょうだいはその形成に深く関わっており、良くも悪くも自分という人間の輪郭を知っている存在です。その関係を断ったままでいることで、自己理解に微妙な空白が生まれる可能性が指摘されています。精神科医や臨床心理士の間でも、「家族との未解決の関係が、中年期以降の自己肯定感の低下につながりやすい」という見解は広く共有されています。

もちろん、修復を無理に迫るべきではありません。DVや虐待、深刻なハラスメントがある場合は、距離を置くことが正しい選択です。しかし、「なんとなく気まずい」「謝るのが億劫」「連絡する習慣がない」という理由で関係が止まっているなら、一度立ち止まって考える価値はあるでしょう。

 

関係を見直すことは「弱さ」ではなく「選択」である

不仲の解消を考えるとき、多くの人が「自分から折れることへの抵抗感」を感じます。しかし、関係の修復は勝ち負けの問題ではありません。研究によれば、家族との関係改善に踏み出した人の多くが「自分のためになった」と感じており、相手のために行動したというより、自分の心の整理がついたと表現することが多いとされています。

もしできるのなら、誕生日にメッセージを送る、帰省のタイミングで短く顔を合わせる、LINEで近況を一言報告してみる——そうした軽い接触の積み重ねが、長年固まっていた空気を少しずつほぐしていくことがあります。カウンセリングや家族療法の現場でも、いきなり深い対話を求めるのではなく、物理的な接触の頻度を少しずつ増やすことが有効なアプローチとして用いられています。

人生の後半に差し掛かったとき、「もっと早く連絡しておけばよかった」と後悔する声は少なくありません。きょうだいとの関係は、放置すれば自然と遠ざかる一方です。しかし手入れをすれば、年齢を重ねるほどに深みと安心感を増していく関係でもあります。今日の小さな選択が、数十年後の自分の「人生の豊かさ」に直結している——そう考えると、この問題は決して他人事ではないはずです。

カテゴリ
人間関係・人生相談

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