ご褒美が子どものやる気を壊す日——アンダーマイニング効果と内発的動機の話
「ご褒美で釣る」育て方が、じつは逆効果になる理由
「100点取ったらゲームを買ってあげる」「お手伝いできたらシールね」——こういった言葉を、一度は口にしたことがあるでしょう。その瞬間、子どもの目がパッと輝いて、やる気を出してくれる。だから続けてしまう。でも、気づいたときには「ご褒美がないと動かない子」になっていた、という経験はありませんか。
これは親の育て方が悪いのではなく、人間の心理に組み込まれた仕組みが原因です。1971年、アメリカの心理学者エドワード・デシとマーク・レッパーは、ある実験でこの仕組みを明らかにしました。24人の大学生を2つのグループに分け、当時流行していたソマパズルを解いてもらいます。一方のグループにはパズルを解くたびに1ドルの報酬を渡し、もう一方には何も与えません。しばらく後、両方から報酬をなくして自由にパズルに向き合う時間を設けたところ、報酬をもらっていたグループはパズルに触れる時間が大幅に減り、報酬のなかったグループは変わらず夢中で取り組んでいました。「お金がもらえるからやる」という動機が定着した結果、「面白いからやる」という感覚が消えてしまったわけです。
この現象は子どもでも同様に確認されています。幼稚園児に「うまく描けたら賞状をあげる」と事前に約束してお絵描きをさせたグループは、その後の自由時間に自発的に絵を描く時間が、約束なしのグループより明らかに短くなりました。重要なのは、「事前に約束した」という点で、描いた後にサプライズでシールを渡したグループには意欲の低下が見られなかったことです。子どもの心の中で「自分が好きだからやっている」という感覚が「もらえるからやっている」に置き換わった瞬間に、内側からのやる気が枯れていきます。これを「アンダーマイニング効果」と呼びます。
すでに「ご褒美育て」をしている人が、今夜から変えられること
ここで読んでいる方の多くは、おそらくすでにご褒美を使っています。「やめましょう」と言われても、今さら急に取り上げるのは難しいし、子どもが反発するのも目に見えている。そう感じている方のほうが多いでしょう。大切なのは、ゼロにすることではなく「移行させること」です。
まず今夜からできることとして、ご褒美を渡すタイミングをずらすことが有効です。「やったらあげる」という事前の約束をやめて、終わった後に「頑張ってたね」と言葉で認めることに切り替えるだけで、効果はかなり変わります。事前の約束こそが「やらされている感」を生み出す最大の引き金だからです。物のご褒美を言葉に置き換えることも、段階的に進められます。シールやお菓子の代わりに、「よく最後まで考えたね」「昨日より字がきれいになってる」という具体的な観察の言葉を渡す。これはアンダーマイニング効果とは逆に内発的な意欲を高める「エンハンシング効果」と呼ばれる現象で、言語的な承認は物的報酬と異なり、子どもの「自分がやり遂げた」という感覚をそのまま強化してくれるからです。
もし今、「勉強したら毎回お小遣い」のような仕組みを運用しているなら、突然やめるのではなく、頻度を下げながら同時に言葉での承認を増やしていく移行期間を設けることをおすすめします。子どもの動機が外から内へとゆっくり切り替わっていく時間を、親が意識的に作ることが大切です。
「頑張ったね」も危ない?褒め方の種類で結果が変わる理由
「言葉で褒めるのはいい」と書きましたが、すべての褒め言葉が同じ効果を持つわけではありません。「頭がいいね」「才能あるね」という言葉は、一見すると強力な承認のように見えます。でも実は、こういった「資質への称賛」は子どもを次第に慎重にさせ、失敗を恐れてチャレンジを避けるようになるリスクをはらんでいます。なぜなら、「頭がいい自分」を守るために難しい課題を避けるほうが合理的になってしまうからです。
一方、「最後まで諦めなかったね」「ここの部分、すごく工夫したね」という努力やプロセスへの言葉は、子どもに「取り組み方が認められた」という感覚を与えます。次に難しい課題に直面したとき、その子は「また頑張れば認めてもらえる」ではなく「頑張る過程が楽しい」という方向に動機が向かいやすくなります。この違いは小さいようで、積み重なると子どもの学習スタイルそのものを変えていくほどの差になるでしょう。
もうひとつ見落とされがちなのが、「勉強しなさい」という声かけそのものも、アンダーマイニング効果を引き起こすことがあるという点です。人は自分で行動を選んでいると感じるときに最も強い意欲を発揮します。外から強制や管理の言葉をかけられた瞬間に、「自分がやりたいからやっている」という感覚が損なわれます。物のご褒美がなくても、管理されている空気そのものが子どもの内側からの意欲を奪うことがあるのです。
子どもの「やりたい」を長持ちさせる、親の関わり方の本質
結局のところ、子どもの内発的な意欲を育てるために親ができることは、何かを「与える」ことより、何かを「奪わない」ことに近いでしょう。自己決定理論という心理学の枠組みでは、人が自発的に動き続けるために「自律性」「有能感」「関係性」という3つの感覚が満たされる必要があるとされています。子育てに置き換えると、「自分で決めた」「できた」「信頼されている」という体験を日常の中に積み重ねることが、長く続く意欲の土台になるということです。
たとえば、宿題をするタイミングを子ども自身に選ばせること、難しい問題に取り組んだプロセスを具体的な言葉で認めること、何もできていない日でも「一緒にいる」という安心感を渡すこと。どれも派手さはありませんが、この積み重ねが「ご褒美がなくても動ける子」の基礎になっていくはずです。
子どもの「やりたい」という気持ちは、大人が思う以上に繊細に揺れるものです。ご褒美というレバーを引くたびに、その気持ちは少しずつ外側の何かに依存するようになっていきます。アンダーマイニング効果を知ることの一番の価値は、「何かを与えよう」と動く前に一秒立ち止まれるようになることかもしれません。今夜、子どもに声をかけるとき、その言葉が「内側の火」を守るものかどうか、少しだけ意識してみてはいかがでしょうか。
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