世界へ広がったマインドフルネスの原点。ベトナム古都フエの静かな聖地トゥーヒウ寺(慈孝寺)【ベトナム・フエ】

ローカリティ!
京都にも似た、王朝の都フエという街

ベトナム中部の古都フエは、どこか日本の京都を思わせる街である。かつて阮朝(グエン朝)の都として栄えたこの地は、19世紀初頭に国家の中心として整備され、王宮や廟(びょう)、寺院が計画的に配置された。碁盤の目のように整えられた都市構造と、自然と調和する景観は、中国思想や風水の影響を受けながら築かれたものである。

現在もフエには、その時代の名残が色濃く残る。華やかな観光地というよりは、歴史の層が静かに積み重なった場所であり、街全体が落ち着いた空気に包まれている。ハノイやホーチミンの喧騒(けんそう)とは対照的に、ここでは人々の暮らしもどこか穏やかで、時間の流れそのものがゆるやかに感じられる。

約200の寺院が支える精神文化

フエには約200もの寺院が点在している。王朝の都であったこの街では、政治と宗教が密接に結びついており、仏教は人々の生活だけでなく、国家の精神的基盤としても重要な役割を担ってきた。

王族の祈りの場として、また民衆の信仰の拠り所として、多くの寺院が建立されてきた背景には、目に見えないものを大切にする価値観がある。その文化は現代にも受け継がれ、フエの静けさを形づくる要素のひとつとなっている。

森に包まれたトゥーヒウ寺

そうした寺院の中でも、ひときわ静謐(せいひつ)な空気をたたえているのがトゥーヒウ寺である。1843年に建立されたこの寺は、街の中心から少し離れた場所、松林に囲まれた穏やかな環境の中にひっそりと佇んでいる。

門をくぐると、そこにはよく手入れされた庭と、低く広がる伽藍が現れる。観光地でありながら、賑わいよりも静けさが支配しているのが印象的である。参拝者や地元の人々が、まるで公園を散策するかのように境内を歩き、木陰のベンチで思い思いの時間を過ごしている。

やがて、どこからともなく低く長い読経の声が響いてくる。その音は空間を満たしながらも決して主張することなく、訪れる者の内面に静かに染み込んでいく。不思議と心が整い、言葉にできない安らぎが広がる瞬間である。

ティク・ナット・ハンとマインドフルネスの源流

この寺は、世界的に知られる禅僧ティク・ナット・ハンがかつて修行し、拠点としていた場所としても知られている。彼は後にフランスやアメリカで活動し、「マインドフルネス」という概念を広めた人物である。

呼吸や歩行といった日常の行為に意識を向け、「いま、この瞬間」を生きること。その思想は現代社会において再評価され、世界中に広がっていった。

フエの人々が穏やかで、静かな暮らしを好むのは、こうした思想の影響によるものではないか――地元の人はそんなふうに語る。確かに、この寺に流れる時間を体感すると、その言葉にも説得力が生まれる。

静けさの中で生きるということ

境内では、若い僧侶たちが掃除をしたり、ゆっくりと歩いたりしている姿が見られる。外部の人間に対して多くを語ることはないが、その佇まいからは、日常そのものが修行であるという感覚が伝わってくる。

ここでは、特別な何かを求める必要はない。ただ静かにそこにいるだけでよいのである。

観光地を巡る旅において、人はつい「何を見るか」「どこへ行くか」を求めがちである。しかしトゥーヒウ寺は、それとは異なる価値を提示してくれる場所である。何かを得るためではなく、むしろ余計なものを手放すために訪れる場所だと言えるだろう。

派手さのない豊かさに触れる

フエという街そのものが、そうした静けさを内包している。華やかさや刺激を求める旅では物足りなさを感じるかもしれない。しかし、ゆっくりと時間をかけて土地の空気に身を委ねることで、この街の本質は少しずつ見えてくる。

美しいものをただ静かに愛でること。日常の中にある穏やかさに気づくこと。そのための場所として、トゥーヒウ寺は今も変わらずそこにあり続けているのである。

写真は全て筆者が撮影(2026.03.19)

情報提供元:ローカリティ!

阿部宣行
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[地域情報] 旅行・レジャー

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