「患者の権利」を知っているだけで医療との関係が変わる理由

病院に行くたびに、なんとなく緊張してしまう。先生に言われたことはそのまま受け入れるしかない、と感じてしまう。そんな経験を持つ方は、決して少なくないはずです。日本では医師や医療機関に対して「お任せする」という意識が根強く、患者自身が積極的に意見を述べたり質問したりする雰囲気は、まだ十分に広まっているとはいえません。でも本来、医療とは患者と医療者がお互いに協力しながら進めていくものです。そう考えたとき、「患者の権利」という言葉を知っているかどうかだけで、医療との向き合い方はずいぶんと変わってくると考えられます。
患者の権利とは何か
患者の権利とは、医療を受けるすべての人が持つ、基本的で正当な権利のことです。国際的には1981年、世界医師会によってリスボン宣言として採択されました。良質な医療を受ける権利、医師や医療機関を自由に選ぶ権利、十分な説明を受けたうえで治療に同意したり断ったりする権利、プライバシーが守られる権利、そして尊厳をもって接してもらう権利——こうした内容が明文化されています。
日本でも2003年に個人情報保護法が施行され、患者が自身のカルテや診療記録の開示を求めることができるようになりました。厚生労働省のガイドラインでも、インフォームドコンセント——わかりやすい説明を受けたうえでの患者本人の同意——が医療の基本として位置づけられています。こうした仕組みを知るだけでも、「医療は黙って受けるもの」という感覚が和らいでいくはずです。
国内では1984年に東京都老人医療センター(現・東京都健康長寿医療センター)が国内初の患者の権利章典を制定し、その後多くの病院が独自の権利宣言を設けるようになりました。ただ、こうした内容を患者自身がしっかり把握しているケースはまだ少ないのが実情です。
内閣府の医療に関する世論調査では、医師の説明に不満を感じたことがある患者が一定数いる一方で、実際に意見を伝えたり質問したりした割合はそれを大きく下回るという結果が出ています。「言っても仕方ない」「気分を害してしまうかもしれない」という遠慮が、権利の行使を阻んでいるとも考えられます。
知識があると受診体験が変わる理由
患者の権利を知ることで、まず変わるのは「聞いていいんだ」という気持ちでしょう。診察室では時間的なプレッシャーもあり、疑問があっても言い出せないまま帰ってしまうことは珍しくありません。
「説明を受ける権利がある」と知っていれば、「もう少し詳しく教えていただけますか」という一言がずっと出やすくなります。この変化は気持ちの問題にとどまらず、治療の結果にもつながると考えられています。
処方された薬をきちんと飲み続けられるかどうか——いわゆる服薬アドヒアランス——は、患者が治療内容をどれだけ理解しているかと深く関わっており、理解度が高い患者ほど治療効果が出やすいという研究報告も複数あります。
セカンドオピニオンを求めることも、患者に認められた権利のひとつです。「担当の先生に失礼かな」と気が引ける方も多いですが、セカンドオピニオンはよりよい医療判断のために広く推奨されている行為です。日本医師会も患者がセカンドオピニオンを求めることを尊重するよう会員に呼びかけており、規模の大きな病院ではセカンドオピニオン外来を設けているところも増えています。
特にがん治療では、2007年に施行されたがん対策基本法の理念のもと、患者が治療の選択に積極的に関わることが重視されています。自分の体のことを自分で決めるプロセスに参加するのは、権利であると同時に、健康を守るうえで自然な行動といえます。
医療情報との向き合い方という点でも、権利の知識は役に立ちます。インターネット上には信頼できる情報もそうでない情報も混在しており、何を根拠に判断すればよいか迷うことも多いはずです。
「自分には正確な情報を求める権利がある」という意識を持つことが、情報を選ぶ際の基点になります。厚生労働省が運営する「e-ヘルスネット」や国立国際医療研究センターのサイトは、エビデンスに基づいた情報を提供しており、医療情報を自分で調べたいときの入口として活用できます。
対等な関係を築くために、今日からできること
患者と医療者が対等な関係を築くというのは、医師を疑ったり批判したりすることとは違います。医師もまた患者の状態を正確に知り、最善の治療を届けたいと思っています。ただ、医師が把握できるのは患者が伝えてくれた情報だけです。症状の微妙な変化、日常生活での困りごと、治療に対する不安や希望——こうしたことを言葉にして伝えることは、患者側の大切な役割であり、権利を使うことでもあります。
「自分には伝える権利がある」という感覚が、医療の質を高める関係づくりの出発点になるでしょう。
手軽にできることとして、受診前に「今日聞きたいこと」を簡単にメモしておく習慣はとても効果的です。診察室に入ると緊張や慌ただしさから言いたいことが飛んでしまうことも多く、あらかじめ質問を書き出しておくだけで受診後の満足度がぐっと上がるとされています。医師の説明を手元にメモするか、診療明細書と一緒に記録しておくことも、後から見返す際に役立ちます。2022年度からは電子カルテの患者への開示推進が政策の場でも議論されており、今後は自分の医療情報にアクセスしやすい環境が少しずつ整っていくと考えられます。
「患者の権利」は、重い病気を抱えた人だけに関係する話ではありません。ちょっとした体調不良で近くのクリニックを訪れるときにも、関わってくる普遍的な考え方です。権利を知っていることは、医師に対して構えることではなく、医療をより良いものにするための「共通言語」を持つことに近いといえます。
自分の体のことを自分なりに理解して、治療の方針に関わっていく——そのシンプルな姿勢が、医療との関係を少しずつ変えていくでしょう。
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