日本企業のカーボンニュートラル宣言、その先に見えない移行計画の現実

「2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにします」という宣言を、どこかで見聞きしたことがあるでしょう。大企業のウェブサイト、株主向けの報告書、テレビCM。日本企業がこぞって掲げるようになったカーボンニュートラルの目標ですが、じつはその宣言の裏側に、ほとんど「計画」が存在していないケースが大半を占めています。これは環境問題の話ではなく、経営リスクの話です。そしてその綻びは、今まさに表面化し始めています。

 

宣言の数だけは世界一、でも中身は別の話

気候変動に関する財務情報の開示を推奨する国際的な枠組みであるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に賛同した日本の企業・機関の数は、2023年11月時点で1,488機関にのぼります。世界全体4,932機関のうち約3割が日本というのは、数の上では文句なしの世界トップクラスといえます。ところが、この「賛同」という言葉の意味をよく確認すると、「開示の枠組みを使いますよ」という表明であって、「ちゃんとした計画を持っています」という証明にはなりません。

カーボンニュートラルへの移行計画とは、何年までに何の手段でどれだけ排出量を減らすかを、段階的に示した行動の筋書きのことです。たとえば「2030年に40%削減、2035年に60%削減、そのために工場の熱源を2027年までに切り替える」といった具体性が求められます。科学的根拠に基づく目標設定の国際基準であるSBTiは、2050年という終着点だけを示すのでは不十分だとしており、現在から2050年までの経路全体を通じて、段階的な中間目標と削減手段をセットで示すことが必要と定めています。この基準に照らすと、「2050年にゼロにします」とだけ宣言して途中の道筋を持たない企業は、国際的にはネットゼロ目標を持っていないと判定されてしまうと考えられます。

さらに見落とせないのが、スコープ3と呼ばれる領域への対応です。企業の温室効果ガス排出量は大きく三段階に分類されており、スコープ1は自社の工場や設備からの直接排出、スコープ2は購入した電力による排出、そしてスコープ3は原材料の調達から製品の輸送・使用・廃棄にいたるサプライチェーン全体からの排出を指します。BCGとCDPが2024年6月に発表した共同レポートによれば、スコープ3の排出量はスコープ1と2の合計の26倍にのぼります。しかしCDPを通じて情報開示をしている企業のうち、スコープ3の削減目標を設定しているのはわずか15%でした。排出量の大部分を占める領域を計画の対象から外したまま「2050年ゼロ」を宣言している企業が、実態としては大多数を占めているといえます。

 

計画が生まれない、本当の理由

なぜ多くの企業が計画を持てないのかというと、「意識が低いから」という話ではありません。構造的な問題が折り重なっています。

まず入口の壁として、人材・ノウハウ・資金の不足があります。東京商工会議所の調査では、中小企業の56.5%が「マンパワーやノウハウが足りない」と回答し、33.1%が「そもそも算定方法が分からない」と答えています。スコープ3を算定している企業はスコープ1・2を算定している企業の約半数に過ぎず、測れないものは削減目標に落とせず、削減目標がなければ計画も立てられないという連鎖が起きているのではないでしょうか。

しかしより根本的な問題は、「宣言のコストが低すぎる」という構造にあると考えられます。計画を作るには時間も費用も専門人材も必要ですが、宣言だけなら今日にでもできます。そして宣言さえしておけば、短期的には株主にも取引先にも「前向きな姿勢」を示せてしまう。罰則もなく、計画がなくても評判が守られてしまうのであれば、わざわざコストをかけて計画を作ろうとする動機が生まれにくいのは、経営判断として一定の合理性すら持っているといえます。日本の宣言数が世界トップでも計画の質が伴わない最大の理由は、ここに求められます。

 

「計画があるかどうか」で、市場が企業を選び始めた

宣言だけで評価してもらえる時代は、すでに終わりに向かっています。フランスは2023年1月から、カーボンニュートラルを広告で謳う場合に排出量の全開示と年次の削減計画の公表を義務付けました。EUも同じ方向で規制を強化しており、この流れは日本企業の輸出や調達取引にもじわじわと波及してくることが見込まれます。国内でも2023年10月、大手エネルギー企業の脱炭素広告が景品表示法に抵触するとして、広告の中止を求める申し立てが日本広告審査機構に提出されました。計画のない宣言はグリーンウォッシュとして法的リスクを帯びる段階に入りつつあると考えられます。

投資家の見る目も変わってきており、BCGとCDPの調査では、サプライヤーとの脱炭素協働を行っている企業は1.5℃目標に整合した移行計画をスコープ3削減目標ごと持っている割合が約7倍高く、社内のすべての意思決定にインターナルカーボンプライシング(社内炭素価格)を導入している企業では約4倍高いことが分かっています。計画を持つ企業と持たない企業の差は、経営品質の差として数値に表れ始めているといえます。

 

問われているのは、誠実さです

残り25年というカウントダウンが現実味を帯びてきた今、「2050年カーボンニュートラル」の宣言はスタートラインに過ぎません。本当に必要なのは、2030年・2035〜2040年・2050年という段階的な削減目標と、それを裏付ける技術投資や調達先の切り替え、事業の組み換えをセットにした移行計画です。2023年施行のGX推進法により、脱炭素技術への投資を支援する補助金や制度の整備が進んでいます。仕組みが整いつつある今こそ、宣言を実質に変える現実的な機会が生まれていると考えられます。

融資の条件、入札の資格、取引先からの選定。移行計画の有無が、ビジネスの入口で問われる場面は確実に増えていくでしょう。「いつ、何を、どう削減するか」に答えられない企業が退場を求められるのは、遠い未来の話ではありません。問われているのは環境への熱量ではなく、経営の誠実さではないでしょうか。

カテゴリ
[技術者向] 製造業・ものづくり

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