昇進よりも大切なものがある——キャリアを自分でデザインする時代

昇進を断ってもいい時代?キャリアダウンの選択

かつて、職場での出世は多くの人にとって努力の証であり、人生の目標の一つでした。しかし、ここ数年で職場環境や個人の価値観が大きく変化し、「昇進を断る」「あえてキャリアダウンを選ぶ」という選択をする人が静かに増えています。パーソル総合研究所が2022年に実施した「管理職意識調査」によれば、管理職を「やってみたいと思わない」と回答した正社員は約55%にのぼり、特に20代では60%以上が管理職志向を持たないという結果が出ています。「出世したくない」という意識は若い世代に限らず、30代・40代の中堅層にも広がっており、日本の職場文化における価値観の地殻変動が起きているといえます。

昇進を断る、あるいはキャリアを一段下げる選択をした人たちは、一体どのような理由からそれを決断しているのか。その背景にある本音を丁寧に紐解いていくことで、現代のキャリア観や人間関係のあり方について、新しい視点が見えてきます。

 

「責任」と「自由」のあいだで——昇進を断る人たちの本音

昇進を断る理由として最も多く聞かれるのが、「責任の重さに見合うリターンが感じられない」という声です。管理職になると給与は上がる一方で、残業代が支給されなくなるケースも多く、実質的な時給換算では一般職のほうが高くなることも珍しくありません。厚生労働省の「令和4年就労条件総合調査」では、係長・課長相当職への昇進による賃金上昇幅が縮小傾向にあることも報告されており、経済的なメリットだけを見ると昇進の魅力が薄れているのは確かです。

管理職になると、部下のマネジメントや人事評価、社内調整といった業務が増え、自分の専門スキルを磨く時間が取りにくくなるという現実もあります。エンジニアやデザイナーといった専門職に就く人ほど、役職よりも技術や知識の深化にやりがいを見出す傾向があります。
昇進を断ったあるエンジニアは、「リーダー職になった瞬間、自分でコードを書く時間がほとんどなくなった。会議と管理業務ばかりで、得意だったことができなくなっていた」と語ります。
こうした声はITや専門職の世界では決して珍しくなく、現場に残ることへの強い意志として真剣に受け止める必要があります。人間関係への影響を懸念する声も根強く、管理職になることで対等だった同僚との関係性が変わることへの戸惑いや、評価する・されるという上下関係が生まれることへの抵抗感もまた、昇進を断る理由として繰り返し語られるものです。

 

キャリアダウンという選択——降りることで得られるもの

昇進を断るだけでなく、一度手にした役職を手放す「キャリアダウン」を選ぶ人も増えています。その背景には、単なる逃げや妥協とは異なる主体的な判断があることがほとんどです。管理職として深夜まで働き続けた結果、体調を崩したり家族との時間が極端に減ったりした経験を持つ人が、より穏やかな働き方を求めて役職のないポジションへ移る事例は後を絶ちません。
「収入は3割減りましたが、毎日定時に帰れるようになり、子どもの寝顔が見られるようになりました。今のほうがずっと豊かな生活をしていると感じています」という声は、キャリアの成功を年収や役職だけで測ることへの問い直しを私たちに迫っています。

ハーバードビジネスレビューの調査をはじめ、国内外の研究においても、職場での幸福感は報酬よりも「自律性」「人間関係の質」「仕事の意味づけ」に強く影響を受けることが示されています。キャリアダウンによってこれらの要素が改善されるのであれば、それは客観的に見ても合理的な選択として位置づけられる時代になっています。

 

「成功」の定義が変わりつつある時代のキャリア観

こうした流れの背景には、日本社会全体における「成功」の定義の変化があります。高度経済成長期からバブル期にかけて形成された「出世=成功」という価値観は、失われた30年を経て、ゆっくりと更新されつつあります。年功序列の崩壊、終身雇用の形骸化、副業・フリーランスの普及といった働き方の多様化が進むなかで、一つの会社で上を目指し続けることが必ずしもベストな選択ではなくなってきています。

「ゆるキャリ」「スローキャリア」といった言葉が若い世代のあいだで一定の支持を集めているのも、こうした時代背景と無関係ではありません。競争から降りることへの後ろめたさよりも、自分が大切にしたいものを守るための選択として、キャリアダウンや昇進拒否を前向きに捉える文化が着実に育ちつつあります。
もちろん、昇進を目指すことが間違いではありません。管理職としてチームを率いることに喜びを見出す人も多く、組織の成長を担うリーダーの存在は不可欠です。重要なのは、「昇進すべき」という社会的プレッシャーに流されるのではなく、自分自身が何を大切にしたいかという内側からの問いに向き合うことにあります。

毎日の働き方や人間関係、心身の健康、家族との時間など、自分にとって本当に価値あるものを軸にキャリアを設計する人が増えていることは、日本の働き方にとって長い目で見れば健全な変化といえます。昇進を断った人たちの本音のなかには、これからのキャリアを考えるためのヒントが、確かに詰まっているものです。

カテゴリ
ビジネス・キャリア

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