なんでも屋マネージャーを生み出す組織文化の罪と罰

チームで一番動いているマネージャーが、実は一番危ない

朝一番でSlackに返信し、会議では誰よりも的確な発言をして、部下が行き詰まればすぐに解決策を出す。周囲からは「頼れるマネージャー」として信頼され、本人も充実感を持って働いている。一見すると理想的な姿ですが、こういうタイプのマネージャーがいる組織ほど、数年後に深刻な人材不足と停滞感に悩まされるという現象が、組織開発の現場では繰り返し確認されています。

原因は能力の高低ではありません。マネージャーが動けば動くほど、部下が動く理由を失っていくという構造上の問題です。「困ったら〇〇さんに聞けばいい」という空気が職場に漂い始めると、部下は自分の頭で考える前に誰かの判断を待つようになっていきます。これは怠慢ではなく、環境への適応です。人は自分の行動が結果に影響しないと感じると、やがて自発的に動くことをやめていく性質を持っています。心理学者マーティン・セリグマンが「学習性無力感」と名づけたこの現象は、1960年代の実験で初めて実証されましたが、現代のオフィスで毎日のように再現されています。

Gallupが2023年に150か国・230万人を対象に実施した調査では、従業員のエンゲージメント(仕事への主体的な関与度)の約70%がマネージャーの行動によって説明できるという結果が出ています。チームの状態はほぼマネージャーで決まるということですが、裏を返せば、マネージャーが抱え込む組織では、部下の主体性の70%がそのマネージャー一人によって抑えられているとも読めるでしょう。

 

「自分がやったほうが早い」の、もっと深いところにあるもの

「部下に任せるべきだ」という正論は、マネージャーであれば誰でも知っています。それでもなぜ手放せないのか。表面的な答えは「自分がやったほうが速くて正確だから」です。しかしその一層下には、組織の評価構造が横たわっています。

日本企業の多くでは、プレイヤーとして優秀だった人物がマネージャーに昇格します。問題は昇格後も「速く・正確に動ける人が評価される」という基準が、そのまま残り続けることです。任せることで短期的な成果指標が下がれば、マネージャー自身が評価を失うリスクを負います。この構造の中では、抱え込むことが合理的な選択になってしまいます。

しかしもっと深いところには、アイデンティティの問題があります。なんでも屋マネージャーは長年、「問題を解決できる人間」として自己評価を積み上げてきました。部下に仕事を委ねるということは、その自己効力感の供給源を手放すことを意味します。権限委譲の重要性を頭では理解していても実行できないマネージャーが多いのは、これがスキルの話ではなく、自分のアイデンティティを揺るがすような心理的な苦しさを伴うからだと考えられます。「わかっているのにできない」という感覚の正体は、ここにあります。

 

組織の天井は、マネージャーの処理能力で決まってしまう

なんでも屋マネージャーがいる組織には、さらに厄介な問題が潜んでいます。組織全体の能力の上限が、そのマネージャー一人のキャパシティに縛られてしまうという問題です。

スタートアップの世界には「創業者の呪縛」という言葉があります。創業者がすべての判断を握っている段階では、会社は創業者個人の才能と体力以上には大きくなれません。マネージャーと部下の関係においても、この構造はまったく同じです。マネージャーが処理できる量が組織の生産上限になり、事業が拡大しようとするたびに人的なボトルネックが生まれていきます。

Gallupの同調査では、「部下の強みを引き出すこと」を主な役割と捉えているマネージャーのチームは、そうでないチームと比べて生産性が21%高く、離職率は59%低いという結果も出ています。特に注目したいのは離職率の数字です。なんでも屋マネージャーのいる組織では、優秀な部下から先に辞めていく傾向があります。自分が成長できる環境かどうかを最も敏感に察知するのは、能力の高い人材だからです。やがて残るのは、マネージャーへの依存に慣れた人材だけになっていく。これが「なんでも屋マネージャーが組織の成長を止める」という逆説の、最も痛い結末といえます。

 

今から始められる、たった一つの転換

「手放す覚悟を持て」という話で終わらせても意味がありません。では具体的に何をすればいいのでしょうか。

まず今週、自分が対応した業務をざっと書き出してみてください。その中から「本来であれば部下が判断すべきだったもの」を三つ選び出します。翌週、その三つだけを部下に委ねます。完成度が60%でも手を出さない。失敗しても即座に救いに行かない。そのかわり、終わった後に「何が難しかったか」を15分だけ一緒に振り返ります。

教育学でいう「スキャフォールディング(足場かけ)」の考え方がまさにこれで、学習者が自力では届かない課題に適切なサポートを与えながら挑戦させ、徐々にそのサポートを外していくことで自律的な能力を育てるアプローチです。足場は最初から取り外すものではなく、段階的に外していくものです。部下が自分で課題を解けるようになる経路を設計することが、マネージャーの本来の仕事だといえるでしょう。

チームで一番動いているマネージャーが、実はチームの成長を最も阻んでいる。この逆説に気づいた瞬間から、組織は変わり始めます。必要なのは大きな改革ではなく、まずは一つだけ手放してみるという、小さな決断からで十分な出発点になるでしょう。

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ビジネス・キャリア

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