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英国に憧れた若き女性が、日本の人材紹介の可能性を広げた。JACリクルートメント田崎ひろみさんの開拓者精神【東京都千代田区】

ローカリティ!

今から40年ほど前、日本で「人材紹介」という仕組みは、今ほど身近なものではありませんでした。終身雇用や年功序列の考え方が色濃く残り、転職もまだ一般的とはいえない時代。企業の課題に応じて管理職や専門職、グローバル人材を紹介する市場は、まだ発展途上の段階にありました。 

株式会社ジェイ エイ シー リクルートメント(以下、JACリクルートメント)は、管理職や専門職、グローバル人材など、企業の成長を支えるハイクラス人材の紹介を手がける会社です。幼いころから英国に憧れ、1974年に日本から英国へ渡った田崎 ひろみ(たざき・ひろみ)さんは、ロンドンで人材紹介という仕事の可能性に出合います。その経験をもとに、1988年、当時イギリスに本社を置いていたJACリクルートメントの日本支店として、外資系企業にバイリンガル人材を紹介する事業を開始。やがて日系企業や専門職領域へと広がり、同社は日本の人材紹介市場の発展を支える存在となっていきました。

人材紹介がまだ根づいていなかった日本で、JACリクルートメントはいかにして市場を切り開いてきたのか。代表取締役会長兼社長の田崎ひろみさんに、同社の歩みと成長を支えてきた開拓者精神について伺いました。

英国に憧れ、自分でロンドンへ渡った若き女性

田崎さんの原点には、幼いころから抱いていた海外への憧れがあります。身近には、海外に渡った祖父の話や、西洋の文化に触れる機会があり、「いつか海外で、日本と外国をつなぐ仕事がしたい」という夢へと変わっていきました。

田崎さんは自分で資金をため、1974年に単身英国へ渡ります。しかし、物価も生活環境も日本とは違い、必要なものをすぐに買えるわけではなく「運動靴すら買えなかった」と田崎さんは振り返ります。

それでも田崎さんは、英国で学び、自分の道を探していきました。その後、縁があって現地の日系銀行で働くことになります。そこで目にしたのは、英国で暮らし、働き、事業を営む日本人たちの世界でした。

当時のロンドンには、日本人学校を中心に、日本人が暮らす生活圏が生まれていました。その生活を支えていたのが、のちに夫となる田崎忠良(たざき・ただよし)さん(現 取締役最高顧問)が立ち上げたTazakiグループ(現 JACグループ)です。不動産業やスーパーマーケットなどを手がけ、英国で暮らす日本人の住まいや日々の生活を支えていました。

同グループの事業は、英国で暮らす日本人だけでなく、現地の日系企業とも接点を持つものでした。そのため、在英日系企業から「誰かいい人はいないか」と、人材について相談を受けることもありました。住まいや暮らしを支える事業の周辺に、働く人を紹介してほしいというニーズも生まれていたのです。

日系銀行で働いていた田崎さんは、その仕事に関わってみないかと、人づてに声をかけられます。しかし、安定した銀行を辞め、まだ形もはっきりしていない仕事に飛び込むことは、周囲から見ると不思議な選択で「せっかく銀行で働けていたのにもったいない」と止められたといいます。

しかし、田崎さんは立ち止まりませんでした。「そこには確かに人をつなぐニーズがある。そう確信したんです」。田崎さんにとってそれは、憧れてきた英国で、日本と海外をつなぐ仕事の可能性に向き合う一歩でした。

机と電話一本から始まった、人材紹介という仕事

田崎さんが任されたのは、在英日系企業と、英国で働きたい人をつなぐ仕事でした。始まりはスーパーマーケットの2階にあった事務所の一角。そこにはぐらぐらと揺れる古い机が一つと、電話が一本置かれているだけで、履歴書や顧客も数えるほど。料金体系も、契約条件も、企業への提案方法も、すべて手探りでした。

当時、英国の街には仕事の情報を掲げ、人と企業をつなぐ人材紹介の会社がいくつもありました。英国には、人材が一つの会社にとどまるのではなく、自分の力を生かせる場所へと柔軟に移っていくという文化がすでにありました。

しかし、当時の日系企業では、人材紹介そのものがまだ身近ではありませんでした。田崎さんが向き合ったのは、日系企業に「人を紹介して対価を得る」という考え方を理解してもらうところからでした。

どのような料金体系にすれば納得してもらえるのか。どうすれば企業が必要とする人を見つけられるのか。田崎さんは、目の前の企業や求職者に向き合いながら、人材紹介の仕組みを一つずつ築き上げていきました。

ローカリティ!ロンドンのスーパーマーケットの2階にあったオフィスにて経理チームのメンバーと(右から3番目が田崎さん):株式会社ジェイ エイ シー リクルートメント提供

「企業に会いに行くのも、人に会いに行くのも私一人で全部やらなきゃいけない、だから大変。でも、苦労だとは思ってなかった。新しいものを作り出すのは面白いですよね。苦労する必要ないじゃないですか。苦しいと思ってやってたら、いいものはできない」

大変だったことを大変だったと語るのではなく、作り出す面白さとして語る。英国で見た人材紹介の仕組みは、田崎さんの手によって、在英日系企業と日本人をつなぐ仕事として形が見え始めました。

外資系企業とバイリンガル人材から、日本に人材紹介の文化を根づかせる

ロンドンで形になった人材紹介の仕事は、シンガポール、そして日本へと展開していきます。1988年、日本でJACリクルートメントの事業が始まりました。

ただ、当時の日本では一つの会社に長く勤めることが当たり前とされ、転職は今ほど一般的ではありませんでした。企業が外から人材を迎えることも、働く人が自分の力を生かせる場所へ移ることも、身近な選択肢ではなかったのです。

一方で、日本に進出する外資系企業には、はっきりとした人材ニーズがありました。英語と日本語の両方を使い、国や文化の間に立って事業を動かせる人材。いわゆるバイリンガル人材です。

こうして、日本におけるJACリクルートメントの事業は、外資系企業とバイリンガル人材をつなぐところから始まりました。その後時代の流れとともに、海外展開を進める日系企業にも国の間に立って事業を動かせる人材が求められるようになり、JACリクルートメントが紹介する人材の領域は管理職、専門職、エンジニアと広がっていったのです。

現在、JACリクルートメントが強みとするハイクラス・グローバル人材紹介は、企業の成長に必要な人材と、その力を生かせる場所をつなぎ続ける中で、少しずつ築きあげられてきた事業です。

ロンドンで見た「人が必要とされる場所で働く文化」は、外資系企業とバイリンガル人材をつなぐ仕事を入り口に、日本でも少しずつ根づいていきました。

自由と規律、フェアネス、パス文化が人材紹介をプロの仕事にした

JACリクルートメントの成長を支えてきたのは、事業モデルだけではありません。その根幹にあるのは、英国で培われた、同社が大切にしている考え方の一つ「Freedom & Discipline(自由と規律)」です。

「規律だけでは、みんな働かないんです。人は一人ひとり違う力を持っている。だから、その力を発揮できる自由が必要です。ただ、自由に仕事をするからこそ、守るべき規律も必要なのです」

人材紹介は、決められた手順をなぞれば成り立つ仕事ではありません。企業が本当に必要としている人材は誰なのか。仕事を探している人材は、どの場所で力を発揮できるのか。その見極めには、担当者一人ひとりの判断が欠かせません。だからこそ、任せる自由が必要です。

一方で、人の人生と企業の未来に関わる仕事だからこそ、誠実さや責任を失ってはいけない。田崎さんにとって「自由と規律」は、人材紹介をプロの仕事として成り立たせるための土台でした。

もう一つ、田崎さんが英国から持ち帰った価値観が「Fairness(正当性)」です。田崎さんは、フェアネスを「みんなを同じにすること」ではないと語ります。チャンスは公平にある。そのうえで、力を発揮した人が正当に評価される。それがフェアであるという考え方です。

この考え方では、自分が成果を独占することよりも、その案件や人材にとって最も適した人が力を発揮できることを大切にします。誰が担当するかではなく、誰が最も価値を生み出せるかを優先する。その発想が、JACリクルートメントの組織文化でもある「パスをする文化」につながっています。

「自分のことだけを考えるんじゃなくて、会社全体で最もよい紹介ができるように、仲間に案件をパスして、仲間もいい結果が出ればいい」

仕事を探している人材を囲い込むのではなく、その人が本当に力を発揮できる場所へつなぐ。案件を抱え込むのではなく、より適した担当者や拠点へつなぐ。社内でも、顧客に対しても、仕事を探す人材に対しても、その姿勢を貫く。

だからこそ、JACリクルートメントの人材紹介は、単なる営業ではなく、人と企業の可能性を見極め、最適な場所へつなぐプロフェッショナルの仕事として磨かれていきました。

AI時代にも、人の可能性をつなぐ仕事で世界一を目指す

AIやデータベースの進化によって、人材を探すこと自体はさらに効率化されています。条件に合う人を検索することも、求人情報を届けることも、以前より簡単になるでしょう。

しかし、JACリクルートメントが担っているのは、条件に合う人を探すことだけではありません。企業が本当に必要としている人材は誰なのか。その人はどの会社で、どのような役割を担えば力を発揮できるのか。求人票や職務経歴書だけでは見えない可能性を見極め、人と企業をつなぐこと。それこそが、人材紹介のプロの仕事です。

田崎さんは、JACリクルートメントの未来について、はっきりと語ります。

「世界一になりたい」

その「一番」とは、単に規模や数字だけを指すものではありません。企業からも、仕事を探している人材からも、最初に相談したいと思われる「選ばれる一番」になること。そして、「JACじゃないと決まらない」と言われる仕事を積み重ねていくことです。

そのために必要なのは、人材を探し、紹介する機能だけではなく、企業が必要とする人材を見極め、仕事を探している人材が力を発揮できる場所を考え抜く。人と企業の双方に向き合い続ける姿勢こそが、JACリクルートメントが目指す「選ばれる一番」の土台にあります。

一方で、田崎さんの人に向き合う姿勢は、社員との関係にも表れています。田崎さんは、社員には幸せに働いてほしい、一人ひとりに成長し、成功してほしいという思いを持って会社を経営してきました。

JACリクルートメントでは、会社を離れた人たち、いわゆるアルムナイともつながりを持ち続けています。退職した人を、単に会社を辞めた人として見るのではなく、JACでの経験を持つ仲間として大切にする。会社を離れた後も「JACで働いた経験が今につながっている」と語る人がいることは、田崎さんにとって大きな喜びであり、会社としての誇りでもあります。 

2025年に東京本社で開催されたアルムナイ交流会イベントにて:株式会社ジェイ エイ シー リクルートメント提供

英国に憧れ、自分でロンドンへ渡った若き女性は、そこで人が国を越えて働き、必要とされる場所で力を発揮する文化に出合いました。小さな机と電話一本から始まった仕事は、やがて日本に人材紹介の文化を根づかせ、企業と人の可能性をつなぐ事業へと広がっています。

苦労を苦労として語るのではなく、ないものを作ることを楽しむ。その姿勢こそが、JACリクルートメントの開拓者精神であり、これからの時代にも変わらない同社の原点です。

もっとも印象に残った言葉

「企業に会いに行くのも、人に会いに行くのも私一人で全部やらなきゃいけない、だから大変。でも、苦労だとは思ってなかった。新しいものを作り出すのは面白いですよね。苦労する必要ないじゃないですか。苦しいと思ってやってたら、いいものはできない」

聞き手:丸山夏名美 書き手:天野崇子
提供写真以外はすべて2026年6月24日丸山夏名美撮影

 

企業情報

会社名:株式会社 ジェイ エイ シー リクルートメント
取材対象者:代表取締役会長兼社長 田崎ひろみさん
設立年月:1988年3月7日
フィロソフィー:
Freedom & Discipline
自由と規律
Fairness
正当性
事業内容:人材紹介事業
所在地:東京都千代田区神田神保町1-105番地 神保町三井ビルディング14階
URL:
https://www.jacgroup.com

情報提供元:ローカリティ!

天野崇子
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