世界の高級ホテルブランドが日本を選ぶ理由、インバウンド拡大で変わる宿泊市場

訪日客の増加だけでは説明できないホテル市場の変化

日本では今、世界的な高級ホテルブランドの進出が相次いでいます。東京や大阪、京都に限らず、沖縄や北海道、箱根といったリゾート地まで広がっており、ホテル産業は新しい成長局面に入ったといえます。背景にあるのは訪日外国人の急増です。日本政府観光局によると、2025年の訪日外客数は約4268万人で、前年の約3687万人から15.8%増加しました。コロナ禍前の2019年は約3188万人だったため、6年間で1000万人以上増えた計算になります。ただ、これだけで外資系ホテルの開業ラッシュを説明するのは十分ではありません。ホテル会社が見ているのは宿泊者数だけではなく、「一室をいくらで販売できるか」という収益性だからです。

その変化は旅行消費額にも表れています。観光庁によると、2025年の訪日外国人旅行消費額は約9兆4549億円に達し、2019年の約4.8兆円からほぼ倍増しました。一般客1人当たりの旅行支出も約22万9000円となり、2019年より44%増えています。なかでも宿泊費は1人当たり約8万4000円で、消費全体の36.6%を占めました。日本を訪れる人数が増えただけでなく、宿泊そのものにお金を使う旅行者が増えていることが分かります。高級ホテル側から見れば、数万円から十数万円の客室でも選んでもらえる市場が広がっていると考えられます。

 

世界の高級ブランドが日本を選ぶ理由

実際、日本初進出となる高級ブランドも目立ちます。2025年3月には「ローズウッド宮古島」が沖縄県宮古島に開業しました。ローズウッドとして日本初のホテルで、全55室という小規模な構成ながら、宮古島の海や自然、琉球文化を滞在体験そのものに組み込んでいます。同年4月にはヒルトンの最高級ブランド「ウォルドーフ・アストリア」も大阪へ初進出し、252室の「ウォルドーフ・アストリア大阪」を開業しました。客室だけでなく、レストランやバー、ウェルネス施設まで含めて高い滞在価値をつくる形です。こうした動きを見ると、外資系ブランドが日本を単なる宿泊需要の大きな国としてではなく、高価格帯の商品を展開できる市場として見ていることが分かります。

日本の強みは、一つの国の中で異なるタイプの高級旅行を成立させやすい点にもあります。東京では都市型の滞在、大阪では食やエンターテインメント、京都では歴史や伝統文化、北海道では雪と自然、沖縄ではビーチ、箱根では温泉を楽しめます。海外のホテル会社にとっては、同じブランドでも地域ごとに違った滞在体験を設計できるわけです。高級旅行では豪華な客室だけでなく、その土地で何を体験できるかがホテル選びに影響します。食、工芸、自然、文化と宿泊を組み合わせられる日本は、旅行者から高い料金を得るための商品をつくりやすい国といえるでしょう。

 

「高く泊まってもらえる市場」が外資を呼び込む

ホテルの収益力を見る指標の一つにADRがあります。これは販売した客室の平均単価を示す数字で、ホテルがどれほど高い価格で部屋を売れているかを確認できます。CBREによると、日本のホテルのADRは2025年上半期に前年同期比16.9%上昇しました。アジア太平洋地域でも高い伸びとなっており、訪日需要の拡大や歴史的に見て弱い円相場が背景にあると分析されています。客室数が同じでも、一室2万円から3万円へ上げられれば、販売できた部屋数を増やさなくても売上は1.5倍になります。高級ホテルでは飲食、スパ、バー、宴会などの収入も加わるため、高単価の宿泊客を取り込める市場ほど収益を伸ばしやすいと考えられます。

外資系ホテルが増えている背景には、ホテル会社特有の事業モデルもあります。世界的なホテル企業のすべてが、土地を購入して建物を建て、自ら保有しているわけではありません。日本の不動産会社やデベロッパーが土地や建物へ投資し、海外のホテル会社がブランドや予約網、運営ノウハウを提供する形も広く使われています。この仕組みなら、外資側は巨大な不動産投資をすべて負担せずに日本で拠点を増やせます。日本側も世界的なブランドを導入することで、高い客室料金を設定しやすくなります。旅行需要だけではなく、国内資本と海外ブランドが役割を分担できる環境が整っていることも、参入を後押ししているといえるでしょう。

 

高級ホテルの開業が地域の利益になるとは限らない

高級ホテルが地方に増えれば、地域経済への効果も期待されます。宿泊客がホテルの外で食事をし、工芸品を購入し、観光施設や文化体験を利用すれば、消費はホテルから周辺事業者へ広がります。旅行者の人数だけを増やす観光には交通混雑や人手不足などの負担も伴うため、少ない人数でも一人当たりの消費額を高める高付加価値型の観光は、地方にとって有力な選択肢になると思われます。ホテルそのものが目的地になれば、これまで海外で知られていなかった地域へ旅行者を呼び込む入口になる可能性もあるでしょう。

一方、高級ホテルが開業すれば地域が自動的に豊かになるわけではありません。旅行者がホテル内のレストランやスパだけを利用すれば、地域へ流れるお金は限られます。ホテル産業では人手不足が続き、語学力を持つスタッフや料理人、コンシェルジュなどの確保も簡単ではありません。建設費や人件費が上昇すれば、高い宿泊料金を維持しなければ採算が合わなくなる可能性もあります。それでも世界の高級ブランドが相次いで日本へ進出しているのは、日本が「旅行者の多い国」から「高い金額を払って滞在する価値のある国」へ変わりつつあるからではないでしょうか。ホテルと地域が連携し、食や文化、自然へ消費を広げられるかどうかによって、日本のホテル産業が生み出す価値も大きく変わっていくと考えられます。

カテゴリ
ビジネス・キャリア

関連記事

関連する質問