失敗を減らすだけでは成功は増えない?「Safety-II」が変える思考の習慣

失敗を防ぐだけでは、うまくいく理由が見えてこない

仕事でミスが起きると、原因を調べ、同じ失敗を繰り返さないための対策を考えます。確認作業を増やしたり、ルールを細かく決めたりするのも、その一環です。もちろん、失敗を防ぐ取り組みは欠かせません。ただ、対策を重ねても、思いがけない問題が起きることは珍しくありません。現実の仕事には、急な予定変更や人手不足、予想外の問い合わせなど、マニュアルだけでは対応しきれない場面が数多く含まれています。失敗の原因ばかりを調べていると、普段はなぜ仕事が問題なく進んでいるのか、その理由を見落としてしまうことがあります。

こうした従来の安全管理を見直す考え方が「Safety-II(セーフティ・ツー)」です。安全科学の研究者エリック・ホルナゲルらが提唱したもので、事故やミスを防ぐことだけでなく、日常の仕事がうまく進む仕組みに注目します。従来の「Safety-I」が、何が悪かったのかを調べて失敗を減らそうとするのに対し、Safety-IIは、なぜ普段は問題なくできているのかを理解し、成功を支える条件を整えようとします。単に前向きに考えたり、成功体験を褒めたりする話ではありません。失敗と成功の両方を生み出す、現場の判断や環境に目を向ける点が特徴です。

 

成功と失敗は、同じ行動から生まれることがある

Safety-IIを理解するうえで知っておきたいのが、成功と失敗は必ずしも別々の原因から生まれるわけではないという考え方です。たとえば、飲食店で急にお客様が増えたとき、スタッフが作業の順番を変えたり、担当外の仕事を手伝ったりすることがあります。こうした柔軟な対応によって、混雑していても店を円滑に運営できるかもしれません。一方、同じ対応でも、人手が極端に足りなかったり、情報共有が不十分だったりすれば、注文の取り違えにつながる可能性があります。普段は役立っている工夫が、条件によっては失敗の原因にもなるというわけです。

この考え方は、医療や航空、製造業など、安全性が強く求められる分野でも研究されてきました。世界保健機関(WHO)が2023年に公表した患者安全に関する資料では、医療を受ける患者のおよそ10人に1人が何らかの害を受けているとされています。こうした数字は、事故を防ぐ仕組みの必要性を示していますが、同時に、日々の医療を支える現場の対応にも目を向ける余地があります。忙しい時間帯でも患者の状態を確認できた理由や、急な変更に対応できた背景を調べることで、個人の経験に頼っていた工夫を組織全体で共有できるかもしれません。ただし、成功を支えるために現場の努力を増やすだけでは不十分です。適切な人数や時間、情報が確保されているかまで確認することが、Safety-IIの実践につながります。

 

失敗を責めるより、成功を支える条件を探す

Safety-IIの考え方は、職場の人間関係やメンタルを考える際にも参考になります。ミスが起きるたびに担当者が厳しく責められる職場では、従業員が問題を報告しにくくなることがあります。反対に、うまくいった仕事についても「なぜできたのか」を話し合える環境なら、普段は見過ごされている工夫や改善点が共有されやすくなります。ここで関係するのが「心理的安全性」という考え方です。1999年に組織行動学者エイミー・エドモンドソンが発表した研究では、51の職場チームを対象に、対人関係上のリスクを恐れず発言できる環境と、チームの学習行動との関係が検討されました。失敗を隠さず話せることは、成功の背景を理解するうえでも役立つと考えられます。

個人の生活でも、失敗ばかりを振り返る習慣を少し変えてみる価値はありそうです。仕事が予定通り終わったとき、「今日は何がうまくいったか」だけでなく、「どんな準備や周囲の協力が役立ったか」まで考えてみます。会議が円滑に進んだのは、自分の説明が上手だったからではなく、参加者が事前に資料を読んでいたからかもしれません。こうした振り返りは、自分を無理に褒めるためではなく、次も同じように仕事を進めるための条件を見つけるメソッドです。ただし、Safety-II自体がストレスを減らしたり、メンタルの不調を改善したりする効果は十分に確立されていません。前向きな気持ちになることを目的にするより、成功を支えた事実を冷静に確認する姿勢が適しています。

 

成功を増やすには、個人の努力より仕組みを変える

Safety-IIを職場に取り入れるなら、日々の振り返り方を変えることから始められます。問題が起きた日の反省会だけでなく、普段通りに仕事が終わった日にも、何が順調な進行を支えていたのかを確認します。予定より早く作業が終わったなら、担当者の能力だけでなく、必要な情報が事前にそろっていたか、無理のないスケジュールだったか、周囲の協力を得られたかまで振り返ります。うまくいった理由を具体的に整理できれば、ほかの担当者でも再現しやすい仕組みづくりにつながります。逆に、特定の人が残業や無理な判断で仕事を成立させていたなら、それは成功として喜ぶだけでは済まされません。

もちろん、Safety-IIは失敗の分析を不要にする考え方ではありません。重大な事故やミスを防ぐSafety-Iと、普段の成功を支える条件を理解するSafety-IIは、組み合わせて活用することが基本です。ミスが起きたときに「誰が悪かったのか」だけを考えるのではなく、「普段は何が失敗を防いでいたのか」「今回は何が違ったのか」まで確認する。そうした思考の積み重ねが、無理のない改善につながると考えられます。成功を増やすとは、常に高い成果を求めたり、失敗を前向きに受け止めたりすることではありません。普段の仕事を支えている小さな工夫に目を向け、それを個人の頑張りだけに頼らない形へ変えていくこと。失敗を責めるだけでは見つからなかった改善のヒントは、何事もなく終わった一日の中にも隠れているのかもしれません。

カテゴリ
人間関係・人生相談

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