上司の役割が変わり始めた、リーダーシップ研修市場が拡大する背景

リーダーシップ研修が一部の管理職だけのものではなくなった

企業研修のなかで存在感を増しているのが、リーダーシップを学ぶプログラムです。以前は経営幹部や管理職候補が受ける研修という印象がありましたが、いまでは中間管理職や新任マネジャー、これからチームを率いる若手社員まで対象が広がっています。調査会社Technavioは、世界の企業向けリーダーシップ研修市場が2025年から2030年に年平均8.8%で成長し、この期間に約244.8億ドル拡大すると予測しています。LinkedIn Learningの「Workplace Learning Report 2025」でも、調査対象となった組織の71%がリーダーシップ研修を実施していました。

企業が研修にお金をかける理由は、単純に「良い上司を増やしたいから」ではありません。研修を受ける社員が増え、学び方そのものも変わっています。集合研修に参加して終わりではなく、オンライン講座やコーチング、360度評価などを組み合わせ、数カ月にわたって育成するケースもあります。市場は受講者数だけでなく、一人あたりの研修費用や受講回数が増えても大きくなります。研修対象が若手まで広がり、学習が継続型になれば、それだけ企業が投じる金額も膨らみます。その根底にあるのは、管理職に任される仕事の変化でしょう。

 

上司が何でも教えられる時代ではなくなった

かつては、経験を積んだ上司が部下に仕事を教え、指示を出し、進捗を確認する形が一般的でした。ところが仕事の専門化が進み、新しいデジタルツールが次々と登場すると、上司がチーム内のあらゆる業務に最も詳しいとは限りません。働く場所や時間も人によって異なり、同じ会社に勤めていても仕事に求めるものは違います。「これをやっておいて」と指示するだけで、全員が同じ方向を向く職場ではなくなっています。

そこで必要になるのが、部下の話を聞く、質問する、意見を調整するといった人間関係のスキルです。世界経済フォーラムの「Future of Jobs Report 2025」では、企業が従業員に必要だと考える中核スキルとして「リーダーシップと社会的影響力」を61%、「共感と積極的傾聴」を50%が挙げました。これは「部下に優しく接しましょう」という話ではありません。現場で問題が起きたときに早く相談してもらえるか、会議で異なる意見が出たときに整理できるか、社員が抱えている知識や経験をチームの成果につなげられるか。人間関係は職場の雰囲気だけでなく、仕事を進める土台にもなっています。

 

AIが仕事を代わるほど、管理職の仕事も変わっていく

生成AIが急速に普及し、文章の下書きや資料の要約、情報収集、データ整理などは以前より短時間で進められるようになりました。ここで「AIには人間関係を扱えないから、人間のコミュニケーション能力が大切になる」と結論づけてしまうと少し単純です。AIはすでに面談内容の整理や質問案の作成、コーチングの補助にも使われています。人間関係に関わる仕事であっても、AIに任せられる部分はこれから増えていくでしょう。

それでも、管理職自身が判断しなければならない場面は残ります。部下が異動を希望したとき、本人の希望をどこまで受け入れるのか。チーム内で意見が割れたとき、どこに着地点を置くのか。成果が出ていない社員に何を伝え、どの仕事を任せるのか。正解が一つに決まらない問題では、相手との関係やチームの事情を踏まえた判断が欠かせません。資料作成や情報整理をAIに任せられるようになれば、管理職がこうした仕事に向き合う時間を増やせる可能性もあります。AIが人の仕事を奪うかどうかだけではなく、「管理職は空いた時間で何をするのか」という点にも目を向ける必要がありそうです。

 

研修を増やせば良い上司が増えるわけではない

企業がリーダー育成を急ぐ背景には、人材不足という現実もあります。LinkedIn Learningの2025年調査では、学習・人材開発担当者の49%が、事業戦略を実行するために必要なスキルを従業員が持っていないことを経営層が懸念していると回答しました。足りない人材をその都度採用できれば話は簡単ですが、必要な経験や能力を持った人がいつでも採用市場にいるとは限りません。いま働いている社員に経験を積んでもらい、社内で育てる選択肢を持つことが企業にとって現実的になっています。

ただ、研修市場が伸びれば職場の人間関係まで良くなるとは限りません。数時間の講義で傾聴やコーチングを学び、翌日から部下との接し方が劇的に変わるのであれば苦労はないでしょう。研修で覚えた質問を実際の1on1で使い、相手の反応を見ながら修正する。部下に仕事を任せ、その結果について話し合う。そうした日常の積み重ねがあって、学んだ知識が少しずつ仕事のやり方に変わっていきます。リーダーシップ研修市場の拡大を追っていくと見えてくるのは、研修そのものの流行というより、上司の役割が「仕事を管理する人」だけでは済まなくなっている現実です。人を採用して配置するだけではなく、今いる社員が力を発揮できる関係をどうつくるか。企業が人間関係のスキルに投資する理由は、そこにあると考えられます。

カテゴリ
人間関係・人生相談

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