人間関係がビジネスリスクになる時代、企業に求められる投資とは

職場の人間関係は、長い間「本人同士の相性」で片づけられがちな問題でした。上司と合わない、同僚とうまく話せない、部署の雰囲気になじめない。こうした悩みがあっても、「仕事なのだから割り切るしかない」と考える人は少なくありません。
ところが、人手不足が続く現在、一人の退職が職場に与える影響は以前より大きくなっています。人が辞めれば採用し、後任を育て、その間は残った社員が仕事を引き受けます。人間関係の悪化を個人同士の問題として放置していると、いつの間にか採用費や教育費、残業時間の増加、生産性の低下として会社に返ってきます。社員同士を仲良くさせることではなく、関係が悪化したときに早く気づき、対処できる会社にすることが求められています。
退職理由に表れる「職場の人間関係」
厚生労働省の「令和6年雇用動向調査」によると、2024年に転職した人が前職を辞めた理由として「職場の人間関係が好ましくなかった」と答えた割合は、男性9.0%、女性11.7%でした。女性では「その他の個人的理由」を除くと、「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」の12.8%に次ぐ割合です。給与や休日だけでなく、「誰と、どんな環境で働くか」も退職を左右していることが分かります。
会社から見れば、一人の退職は単なる欠員ではありません。求人を出し、応募者を集め、面接し、採用後には仕事を教える必要があります。後任が決まるまで同僚が業務を引き受ければ、残業が増えたり、休暇を取りにくくなったりするケースもあるでしょう。負担が続けば、今度は残った社員が転職を考える可能性もあります。「上司と合わなかった社員が辞めた」という小さな出来事に見えても、実際には採用、教育、業務負担、ノウハウの流出まで連鎖する問題です。
人間関係の悪化は働き方にも表れる
退職に至らなくても、人間関係の悪化は日々の仕事に影響します。厚生労働省の「令和6年労働安全衛生調査」を基にした2025年版「過労死等防止対策白書」では、仕事や職業生活について強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者のうち、26.1%が「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」を挙げました。「仕事の量」は43.2%、「仕事の失敗、責任の発生等」は36.2%、「仕事の質」は26.4%です。対人関係は、仕事そのものと並ぶストレス要因になっています。
世界規模で見ても、働く人のメンタルヘルスと経済損失は切り離せません。WHOによると、うつ病と不安症によって世界で年間約120億日の労働日が失われ、生産性低下による損失は年間約1兆ドルとされています。もちろん、これらすべてが職場の人間関係から生じているわけではありません。ただ、WHOはハラスメントや差別、過大な仕事量、仕事上の裁量の低さなどを職場のメンタルヘルスを脅かす要因に挙げています。人間関係への対策は「社員に優しい会社」を演出するためではなく、働ける人が力を発揮できなくなる事態を防ぐための施策といえます。
お金をかけるなら、まず管理職を支える
人間関係を良くしようと考えると、社内交流イベントやコミュニケーション研修を思い浮かべるかもしれません。それより先に目を向けたいのが、現場で社員と接する管理職です。Gallupの調査では、チームのエンゲージメントのばらつきの70%はマネジャーによって説明されるとしています。上司が日々どのように仕事を振り、話を聞き、評価を伝えるかは、働きやすさと無関係ではありません。
管理職になったからといって、部下との接し方まで自然に身につくとは限りません。プレイヤーとして優秀だった人が、翌日から人材育成や部下の相談対応までうまくできるとは限らないでしょう。仕事の任せ方、1on1での聞き方、注意や評価の伝え方、ハラスメントとの線引き、メンバー同士が衝突した際の対応など、管理職になってから初めて求められる技術は多くあります。研修を一度受けて終わりにせず、管理職自身が困ったときに相談できる場所まで用意する。そのうえで社員向けの相談窓口や配置転換などの選択肢を整えるほうが、現場任せにするより問題を早く拾いやすくなると思われます。
「仲の良さ」ではなく数字で変化を見る
人間関係への投資が難しいのは、売上や広告のように成果がすぐ数字に表れないところです。それでも測る方法はあります。離職率や休職率、残業時間、有給休暇の取得状況、従業員サーベイなどを部署ごとに見れば、問題が起きている場所はある程度見えてきます。社員全員に同じ研修を受けてもらうより、離職が続く部署やサーベイの数値が悪化したチームを調べ、管理職への支援や業務配分の見直しにつなげたほうが、会社としても動きやすいでしょう。
採用には求人広告費を払い、設備には予算を組み、システム導入では費用対効果を計算する。それなのに、採用した人が働き続けられる環境については「現場でうまくやってほしい」と任せてしまう。この状態は、人手不足が続く企業にとって大きな弱点になりかねません。人間関係への投資とは、社員同士を無理に仲良くさせることではなく、問題を早く見つけ、相談でき、必要に応じて仕事の進め方や配置まで変えられる状態をつくることです。人を採るところだけでなく、その人が働き続けられるところまで含めて人材投資と考える企業が、これから増えていくのではないでしょうか。
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