「病気になってから」から「ならないため」へ、予防医療への投資が広がる理由

体調を崩してから病院へ行き、診察を受けて薬をもらう。これまで医療といえば、こうした「病気になった後」の治療を思い浮かべる人が多かったでしょう。しかし、健康診断や生活習慣の改善によって、病気の発症や重症化をできるだけ防ぐ予防医療への関心が高まっています。

予防医療というと、「医療費を減らすための取り組み」と受け取られがちです。ただ、話はそれほど単純ではありません。健診や検査には費用がかかり、病気が早く見つかれば治療を始める人も増えます。それでも予防に力を入れるのは、健康に暮らせる期間を延ばし、重症化によって生活が大きく変わる人を少しでも減らすためです。企業にとっても従業員の健康は福利厚生だけの話ではなくなり、人材をどう守るかという経営課題に変わってきました。

 

48兆円に達した医療費、予防は「節約策」ではない

厚生労働省によると、2024年度の概算医療費は48.0兆円でした。前年度より1.5%増え、2019年度から2024年度までの5年間では年平均約1.9%の伸びとなっています。概算医療費は国民医療費の約98%に当たる速報値ですが、日本の医療に年間50兆円近いお金が動いていることになります。

この数字だけを見ると、「予防を進めて医療費を減らせばいい」と考えたくなります。しかし、予防医療はすぐに支出を減らせる節約策ではありません。健診や検査、保健指導にもお金がかかりますし、早期発見によって治療費が発生するケースもあります。予防の効果を見るなら、医療費だけでなく、重症化をどこまで防げたか、健康に生活できる時間がどれだけ延びたかまで見る必要があります。医療費削減だけをゴールにすると、予防医療が持つ価値を狭く捉えることになるでしょう。

 

健診の受診率は約6割、受けた後の行動まで問われる

予防医療のなかでも、身近なのが健康診断です。40~74歳を対象とする特定健康診査は2008年度に始まりました。当時の実施率は38.9%でしたが、2023年度には59.9%まで上昇しています。対象者約5,210万人のうち、受診した人は約3,123万人。15年間で21ポイント伸びた一方、今も約4割が受診していない計算です。

健診は受ければ終わりというものでもありません。血圧や血糖、脂質などの数値から体の変化を知り、必要なら生活習慣を変えたり、医療機関を受診したりするところまでつながって初めて意味を持ちます。結果を受け取ったものの、前年との違いをほとんど見ないという人もいるでしょう。予防医療を広げるには受診率だけを追うのではなく、その後の行動までつなげられるかが焦点になります。健康データを「毎年受け取る成績表」ではなく、自分の体の変化を知る材料として使えるかどうかで、健診の価値も変わってきます。

 

平均寿命と健康寿命には男性8.49年、女性11.63年の差

日本は世界でも長寿の国として知られていますが、長く生きることと、健康に暮らせることは同じではありません。2022年の平均寿命は男性81.05歳、女性87.09歳でした。一方、日常生活を健康上の問題で制限されずに過ごせる「健康寿命」は男性72.57歳、女性75.45歳です。その差は男性8.49年、女性11.63年あります。

この差をどう縮めるかは、予防医療を考えるうえで分かりやすいテーマです。自分で買い物へ行く、旅行を楽しむ、趣味を続ける、仕事をする。そうした日常を長く保てるかどうかは、本人だけでなく家族の生活にも関わります。病気そのものをゼロにすることはできません。それでも発症を遅らせたり、早い段階で治療につなげたりすることで、重症化を防げる可能性はあります。「病気にならないこと」だけを目標にするより、病気があっても自分らしい生活を長く続けられる状態を目指すほうが、予防医療の役割を捉えやすいといえます。

 

企業も「健康にお金を使う意味」を考え始めた

予防にお金を使うのは個人だけではありません。従業員の健康を経営課題として扱う「健康経営」に取り組む企業も増えています。経済産業省が発表した「健康経営優良法人2026」では、大規模法人部門で3,765法人、中小規模法人部門で23,085法人が認定されました。前年の2025年はそれぞれ3,400法人、19,796法人だったため、認定法人は両部門で増えています。

企業が健康対策に取り組む理由も、医療費だけではありません。従業員が病気で休めば業務を引き継ぐ人が必要になります。出勤していても体調が悪ければ、本来の力を発揮できない日もあるでしょう。人手不足の職場なら、一人の長期離脱が周囲の残業や負担増につながることもあります。健診の受診促進や運動支援、食生活、睡眠、メンタルヘルスへの対策は、福利厚生のメニューを増やす話にとどまりません。人材が健康に働ける時間をどう長くするかという経営上の判断にもなっています。

予防医療が広がったからといって、治療中心の医療が不要になるわけではありません。病気になったときに適切な治療を受けられる体制は欠かせませんし、どれほど健康に気を配っていても防げない病気はあります。そのうえで、体調を崩すまで何もしないのではなく、健康な段階から自分の状態を知る機会を増やす。医療との付き合い方は、そんな方向へ少しずつ広がっています。

年間48兆円規模まで膨らんだ医療費、約6割にとどまる特定健診の実施率、平均寿命と健康寿命の8~11年ほどの差。これらの数字を見ると、予防医療を単なる「健康ブーム」で終わらせるには課題が大きすぎます。個人の努力だけに任せず、企業や保険者、自治体、医療機関が健康を保ちやすい環境をつくれるか。「病気になったら治す」に加えて、「健康なうちから体の変化を知る」という選択肢が当たり前になれば、予防への投資も今より身近なものになっていくと思われます。

カテゴリ
健康・病気・怪我

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