秋田の奇習「修学旅行CM」を社員旅行で再現!「瀧神巧業社員旅行団は、ただいま大阪に到着しました」【秋田県仙北市】
秋田で暮らしていると、一度は耳にしたことがあるはずだ。「○○学校修学旅行団は、ただいま宿に到着しました」など――子どもたちの安否を地域に知らせる、修学旅行安否のローカルCM。
もともとは1969年頃から、初めて親元を離れて遠方へ外泊する子どもたちを心配する親から「安否を知りたい」という声に応える形でスタートしたのだとか。
その”あの形式”を、大人の社員旅行でまるっとやってしまった会社がある。
秋田県仙北市角館(かくのだて)町、水門と建築を手がける創業100年超の老舗、株式会社瀧神巧業(たきがみこうぎょう)だ。
仕掛け人は代表取締役・佐藤慎(しん)社長。話を聞くと、ただの悪ふざけでは終わらない、なかなか奥の深い理由が見えてきた。
宴会の10分前に「これから面白いことが流れます」
CMが流れたのは去年(2025年)が最初。しかも、社内の誰にも知らせていなかったという。
社員旅行で大阪を訪れていたその夜、宴会が始まって間もなく、佐藤社長はこう切り出した。
「今からAKT秋田テレビの放送で、面白いものが流れるから」
社員たちは「またなんかやったな」という顔をしていて、薄々気付いていたようだったが、まさか自分たちの社員旅行がCMで放送されているとは思っていなかった。
そして、今年(2026年)6月、広島での社員旅行が2回目の放送となった。
このCM、実は完全に佐藤社長個人の発案。
ヒントになったのは、やはり秋田で誰もが知るあの修学旅行の安否確認CMだという。
「秋田独自の文化じゃないですか、あれ。それにインスパイアされて。あとは正直、社員の家族を巻き込みたいっていうのがあって」と、佐藤社長。
放送局への”攻めた”提案
制作にあたっては、取材を通じてアナウンサーと面識があったこともあり、地元テレビ局とのやり取りもスムーズだったという。
とはいえ、ナレーションの中身にはかなり”攻めた”案もあったらしい。
「大阪だったんで『道頓堀で飲んだくれてます』みたいなことも考えてたんですけど、さすがにそれは『ちょっと』って止められました(笑)」
さらに、修学旅行CMの後に続けて社員旅行CMを流すように狙っていたが、今回は実現には至らなかったという。
秋田は昔ながらの考えが根強い。だからこそ家族に見せたい
そもそも、なぜここまでして社員旅行のPRに力を入れるのか。背景には、地方特有の事情があった。
「秋田はどうしても昔ながらの考え方が根強い土地というか。うちも月1回、飲みニケーションの機会を設けているんですが、ご家庭に気遣って参加しなかったり、社員旅行に対しても積極的でなかったりもするんです」
だからこそ、「ちゃんと意味のある旅行をしている」ということを、CMという形で家族や地域に伝えたい――というのが本音のようだ。
社員旅行自体は、佐藤社長が就任してから始めた比較的新しい取り組み。
1回目は鹿児島の知覧特攻平和会館、その後は平成28年熊本地震後の熊本城、建築を学ぶため博物館 明治村(愛知・犬山)、そして今年は広島の平和記念公園をガイド付きで訪問した。
「ただのどんちゃん騒ぎじゃなくて、社員に見せたい、連れて行きたいと思う場所を選んでます。個人旅行だとガイドさんまでつけないと思うので、社員旅行だからこそ学べることがあるんです」
さらに、理想は「10年で1サイクル」。同じ場所に10年後また訪れることで、社員自身の成長を実感してもらう狙いもあるという。
社員の反応はいろいろ、それも織り込み済み
ユニークに見えるCMだが、実はその反応は賛否両論。
CMを見た地元の反応については、意外にも本人が把握しているのはごく個人的なルートだけだという。「自分のSNSじゃなくて、誰かが拡散してたのをたまたま見かけて知りました。あとは社員の地元の友達が大阪に電話してきて『お前んとこ何やってんだ』って笑ってましたね」
企業として大々的な反響があったわけではなく、今回の取材の申し込みが来たこと自体が、むしろ新鮮な出来事のようだ。
創業100年、実は”3代目”だと思っていた4代目
瀧神巧業のルーツは1924年、佐藤社長の曾祖父・佐藤永十郎が鍛冶業を始めたことにさかのぼる。当初の社名は「佐藤製作所」。2代目が水門づくりを始め、3代目(佐藤社長の父)の代で公共工事・建築が主力事業に成長し、1993年に現在の社名「瀧神巧業」に変更した。
社名の由来は、「メーカー然とした『製作所』のままでは、入札で名前を呼ばれても分かりにくい」という実務的な理由に加え、水門(水を治める仕事)であること、本社の隣の山に神社があること、そして「巧」の字には初代が鍛冶屋だったため、職人としての技術力への思いが込められているという。
ちなみに佐藤社長自身、長らく自分を「3代目」だと思い込んでいたそうだ。
「創業100周年をやろうと調べていたら、101年前の地元新聞に初代がストーブか何かの広告を出してるのが見つかって。『え、ひいじいさん商売やってたの!?』ってなって、慌てて『4代目』に訂正しました」
現在の従業員数は54名、平均年齢39歳。就業者の4割以上を55歳以上のシニア層が占め、高齢化が進む秋田県の建設業界において突出して若い会社だ。2019年時点で47名だった社員数を10年ほどかけて着実に伸ばしてきた背景には、地道な採用活動があるという。非喫煙者に年間10万円を支給するなど福利厚生にも力を入れ、2021年には健康経営優良法人の認定を取得。さらに2025年からは2年連続で「ネクストブライト1000」に選ばれている。2026年の認定では中小規模法人部門で認定された23,085社のうち上位1,500社に入るもので、部門内でも上位約6.4%に位置する結果だ。秋田県では5社、仙北市では瀧神巧業1社のみの認定となっている。建設業では秋田県内で最も早くDX認定も取得している。
角館高校から美大、そしてロンドンへ
代表取締役・佐藤慎さん(1971年生まれ)は、地元・角館高校を卒業後、大学で美術を学び、25歳から30歳頃までロンドンで音楽や料理をして過ごしたという異色の経歴の持ち主。いわゆる新卒での就職活動は経験していない。
「日本の社会人としての基本を全然学んでないので、それが今も社員に迷惑をかけてます」と笑うが、帰国後、瀧神巧業に入社したのが2000年、30歳のとき。常務を経て、2010年、39歳で代表取締役に就任した。
経営理念「瀧神巧業に集う社員とその家族が物心両面で喜び得る会社になる事を目指し、社会の一員として成長する事を願う」は、佐藤社長が就任する前年に父(先代)が掲げたもの。就任時に大きく変えるというより、その思いを受け継ぐ形でスタートしたという。社長就任時は、「ちゃんと利益出してみんなに給料払わないと」と決意を固めたとか。
今も音楽好きは健在で、ルーツはブルースやソウルなど黒人音楽系。「久しぶりに演奏したら全然ダメで、リハビリしないと」とのこと。
これからの瀧神巧業、そして角館という土地への思い
会社、そして地域の未来について、「経営理念にある『社員と家族の幸せ』をやっていく中で気づいたのは、地域が残らないと会社も残らないということ。角館は自分が生まれ育った場所で愛着もありますが、正直かなり危機感を持っています」
仙北市で55年前に生まれた子どもの数は約510人だったが、2025年は51人にまで減少しているという数字を挙げ、「地域として、経済だけでなく幸せに住めるコミュニティとしての未来に危険を感じている」と語る。
ざっくばらんだが、実は誰よりも社員と地域の未来を真剣に考えている――そんな佐藤社長の”素顔”が垣間見えた。
来年の社員旅行、そして”あのCM”の第3弾にも期待したい。
※写真は、2026年8月30日筆者撮影
※画面写真、社内オフィスの写真は、瀧神巧業提供
株式会社 瀧神巧業
https://www.takigami.jp/
情報提供元:ローカリティ!
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