社長になるつもりはなかった。「この仲間となら」と決意した二代目がつなぐ“人を育てる会社” 【東京都港区】
大学での履修登録、成績の確認。健康保険組合が医療データを分析し、健康づくりに生かす。企業のさまざまな業務を支えるシステム。日本システム技術株式会社は、こうした私たちの暮らしや社会の裏側を支えるソフトウェア会社です。社名を意識することはなくても、知らないうちに同社のシステムに支えられている人も少なくありません。
創業は1973年。当時はソフトウェアそのものに価値が見い出されていない時代でした。そんな時代から、顧客の声をくみ取り、目に見えない課題をシステムという形にする仕事を続けてきました。その仕事を技術力とともに支えてきたのが、同社が大切にする「人間力」です。
2025年、52年にわたり会社を率いた父である創業者から経営を引き継いだのが、代表取締役社長の平林 卓さんです。「社長になるつもりはなかった」という平林さんでしたが、ある出来事をきっかけに「この仲間となら」と決意します。その心を動かしたものは何だったのでしょうか。二代目としての葛藤と、仲間との対話の先に見えてきた“人を育てる会社”の未来を聞きました。
53年前「姿かたちのないソフトウェア」に未来を見た父
日本システム技術は現在、企業ごとの要望に合わせてシステムをつくるDX&SI事業を中心に、大学や金融機関向けのパッケージ事業、医療ビッグデータ事業、グローバル事業を展開しています。
大学向けの「GAKUEN」シリーズでは、大学の事務業務から学生の履修登録、休講情報、成績確認までを支えています。医療ビッグデータ事業は、病院の診療報酬明細書「レセプト」の点検をコンピューターで自動化したことから始まりました。
こうした事業の原点をつくったのが、平林さんの父であり、日本システム技術の創業者である平林 武昭さんです。
「53年前は、ソフトウェアという姿かたちのないものは、ほとんど注目されていませんでした。当時はパソコンもなく、大きなメインフレームを使っていた時代。そんな中で、創業したメンバーは『ソフトウェアがこれからの時代を大きく動かす』と考えて、事業を始めました」
1973年当時の創業メンバー7人は、全員が技術者でした。
「今とは全然比較にならないと思いますが、当時からすると、今のAIが出てきたようなイメージだったと思います。姿かたちのあるものにしかお金を払ってもらえないようなところからスタートして、地道に展開していきました」
まだ世の中が価値を見い出していなかったソフトウェアに未来を見て、会社を立ち上げた父。その後52年間にわたって牽引(けんいん)し続けました。
平林さんが後に引き継ぐことになるのは、会社だけではありませんでした。ソフトウェアの可能性を信じ、人と技術を育てながら積み上げてきた、父の思想そのものでもあったのです。
「結局は人間」技術の会社が育ててきた「人間力」
創業以来、さまざまな業界のシステムを手がけてきた日本システム技術。蓄積してきた技術力は「大きな武器」だと平林さんは話します。一方で、「『人間力』というところに、非常に重きを置いています」とも。
理由は、ソフトウェアという仕事そのものにあります。
「ソフトウェアは姿のないものをつくっています。お客様とのやりとりを通じて、お客様が何を求めているのかをくみ取ってシステム化していかなければいけません。やはり、結局は『人間』なんです」
社員がお客様から認められ、信頼を得る。その積み重ねが会社の強みになってきたといいます。そして、この「人間力」を会社の根幹に据えたのも、創業者である父・武昭さんでした。
「人間力」の根底にあるのが、73ページにも及ぶ同社の経営理念です。感謝すること、あいさつをすること、自分をしっかり持つこと、整理整頓をすること。書かれているのは、人として当たり前とも思えることです。
「当たり前のことって、人間はなかなかできない。だから、『人間としてやるべきことをちゃんとやりましょう』という教えです。それを一人ひとりが心の鑑(かがみ)として置いて、その通りに動けば、世間から認められ、信用される人間になる。それがおのずと仕事にもつながっていくんだと思います」
その姿勢は、現場の仕事にも表れています。他社が途中で手を引いた難しいプロジェクトを引き受けた際には、たとえ自社が赤字になる状況でも最後まで責任を持って取り組みました。これが信頼につながり、その後も取引が続いています。
「基本的に真面目な人間の集団です。真面目で優しくて、お客様が困っていたら見捨てることができない」
技術を扱う会社だからこそ、その技術を扱う「人」を大切にする。それが、日本システム技術が受け継いできた考え方です。
「社長になるなんて全く考えていなかった」
平林さんは富士通株式会社で約6年間、システムエンジニアとして働いた後、1998年に日本システム技術へ入社しました。創業時に7人で始まった会社は25年を経て、300〜400人ほどの規模に成長していました。
当時、日本システム技術は株式の店頭公開を目指しており、平林さんは公開準備の部門に配属されました。その後は営業や財務経理などを経験し、上場や事業拡大とともに会社がさらに成長する中で働いてきました。一方、創業者の息子という立場から、周囲には「いずれ社長になるのだろう」と見られていたといいます。
「そもそも、この会社に入ることも、ましてや社長になるなんてことも、全く考えていませんでした」
会社の成長に関わり続ける一方で、後継者として見られる立場と、平林さん自身の思いとの間には距離がありました。2023年、創業50年を迎える頃、その距離と向き合わざるを得ない時が訪れます。創業以来、会社を率いてきた父から誰が次を引き継ぐのか。本格的に後継者を考える時期を迎えたのです。
それでも平林さんは、自分が社長になる姿を描けずにいました。
「自分自身のキャラクターが、ぐいぐい引っ張ってリーダーシップを取っていくタイプではないんです。そこは適材適所で、そういう役員がやるべきなんじゃないかと、ずっと思っていました」
「このメンバーと一緒だったら」仲間と見つけた、自分なりの社長のありかた
平林さんの気持ちが動いたのは、日本システム技術の次世代を考えるために行った合宿でした。将来の幹部候補となるメンバーが集まり、これから会社をどうしていきたいのか、それぞれの事業をどう発展させたいのかをとことん話し合ったといいます。
そこで交わされた一人ひとりの思いが、2035年に向けた長期ビジョン「JAST VISION 2035」の土台になりました。
「それぞれの執行役員や事業部長が、いろいろな思いを持っていました。この会社をもっと良くしていきたい、自分の事業をもっと発展させたいという話を聞いた時に、すごく心を打たれるものがあったんです」
メンバーたちは、平林さんが社長になることも後押ししていました。
「ずっと断っていたけれど、このメンバーがここまで考えてくれている。このメンバーと一緒だったら、自分も何かしらできるんじゃないかって。初めてその時に心が動かされました」
創業者のように、会社を引っ張る必要はない。
「社長とか役職はいろいろあるけれど、みんなと考え方を合わせて、ベクトルを合わせて、それぞれでやっていく。その結果、このビジョンを達成していく」
仲間と一緒に考え、同じ方向を向いて会社をつくっていく。それが、平林さんが見つけた自分なりの社長のあり方でした。
頼まれたものをつくる会社から、その先の課題解決へ
その仲間たちとつくった「JAST VISION 2035」で掲げているのが、「誰もが知る課題解決企業へ」という言葉です。
「名前は知っているけれど、『じゃあ、この会社は何をやっているの?』と言ったら誰も分からない。それでは、当社が目指す『誰もが知る課題解決企業』にはならないんです。当社が、お客様や社会に対して、システムやAIを含めた技術を使って、どういう課題を解決しているのか。それを知ってもらった上で、会社の名前も知ってもらう。それが最終的な目標です」
そのために、これまでの「頼まれたシステムをつくる」仕事から、もう一歩踏み込もうとしています。
たとえば大学向けの事業では、これまで履修登録や成績管理などを支えるシステムを提供してきました。今は、そこに蓄積された学生の履修状況や学校生活のデータを分析し、休学や退学につながりそうな兆候を早く見つけ、支援する取り組みにも広げています。医療分野でも、レセプト点検から始まった事業で蓄積されたデータを、研究や健康施策へと活用しています。
「今はお客様の業務自体もかなり複雑化しています。ですから、よりお客様の事業に踏み込んで、システムをもって課題解決していくという内容になってきています」
システムをつくって終わるのではなく、その先にある「何に困っているのか」「どうすればもっと良くなるのか」まで一緒に考える。53年間で培ってきたものを、より深い課題解決に生かしていくことが、「誰もが知る課題解決企業」への道筋だと考えています。
「人間力を教えていくのは会社」次の世代へつなぐ“人を育てる会社”
10年後について尋ねると、平林さんは「2035年のビジョンを達成すること。それを、今のメンバーとやっぱり分かち合いたい。それがまず一番の目標」と答えました。しかし、その先の未来に残したいものを尋ねると、話は再び、「人間力」に戻っていきました。
「昔は、学校の先生もそうですし、近所のおじさん、おばちゃんも、悪いことをしたら正してくれた。ちゃんとしたことを教えてくれる人が身近にたくさんいたと思うんです。でも、今はそういうものが崩れてきているんじゃないかと思います」
人として大切なことを教えてくれる存在が、社会の中で少なくなっている。だからこそ、会社が担うべき役割があるのではないかと平林さんは考えています。
「人間力というものをちゃんと教えていくのは、もう最終的には会社しかないんじゃないか、という思いがあります。会社でもう一回、人間として成長できる教育をして、それを社員の中に浸透させて、また社員の家族にも広めていく」
仕事に必要な技術だけではなく、感謝すること、人を尊重すること、困っている人を見捨てないこと。かつて家庭や学校、地域の中で伝えられてきた、人として大切なことを、会社も伝えていく。平林さんは、そんな役割がこれからの会社にはあると考えています。
日本システム技術が53年にわたって大切にしてきた「人間力」も、社員だけのためにあるものではありません。そこで育った人がお客様に向き合い、社会の中で誰かの役に立ち、その考え方が周囲にも伝わっていく。平林さんが思い描くのは、そんな広がりです。
技術も事業も、経営のあり方も時代とともに変わっていきます。それでも、人を大切にし、人を育てるという根幹は変えないこと。
創業者である父が築いてきた“人を育てる会社”を、今度は仲間とともに、自分なりのやり方で次の世代へつないでいく。それが、平林さんが選んだ二代目としての経営のかたちです。
もっとも印象に残った言葉
「人間力というものをちゃんと教えていくのは、もう最終的には会社しかないんじゃないか、という思いがあります。会社でもう一回、人間として成長できる教育をして、それを社員の中に浸透させて、また社員の家族にも広めていく」
聞き手:丸山夏名美 執筆:天野崇子
写真はすべて2026年7月24日丸山夏名美撮影
企業情報
会社名:日本システム技術株式会社(JAST)
取材対象者:代表取締役社長 平林 卓さん
設立年月:1973年3月
企業理念:「情報化を創造し、提供することにより、社会に貢献する。」
事業内容:DX&SI事業、大学・金融機関向けなどのパッケージ事業、医療ビッグデータ事業、グローバル事業を展開。システムの企画・開発から、自社パッケージの開発・販売・導入・保守、ビッグデータの分析・活用
所在地:
東京本社 東京都港区高輪二丁目22番1号 THE LINKPILLAR 2 15階
大阪本社 大阪府大阪市北区中之島二丁目3番18号 中之島フェスティバルタワー29階
URL:
https://www.jast.jp/
情報提供元:ローカリティ!
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