スペック横並びの時代に、スマホは何で選ばれるのか

今持っているスマートフォンと、3年前のモデルを並べてみてください。体感の速さに、違いはありますか?多くの人が「ほとんど変わらない」と感じるはずです。この小さな感覚こそが、世界13億台市場で起きている変化の正体です。
スマートフォンの処理性能は、2017年前後にすでに「人間の知覚の限界を超えた」水準に達していました。1秒以下でアプリが開き、4Kの動画がなめらかに再生され、指紋認証が一瞬で解除される——これらはもう5年以上前から当たり前です。矢野経済研究所は「ハード性能の成熟化が進み、目新しさの訴求が難しくなっている」と指摘しており、スペックの数字が購買の決め手にならない時代がすでに来ています。
2025年の国内スマートフォン出荷台数は前年比11.6%増の3,111万台(MM総研調べ)と数字は伸びていますが、その内訳はキャリアの下取りプログラムを使った買い替えが主役で、消費者はスペックではなく制度の都合で動いている側面が強くあります。では、各メーカーはどこへ向かっているのか。それは「スペックに代わる、新しい選ばれる理由の発明」です。
AIは「スペック競争の終わり」ではなく、「スペック競争の引っ越し」かもしれない
各社が最も力を入れている方向は、AIです。2024年に発売された新モデルのうち45%以上に生成AIが搭載され、写真補正やリアルタイム翻訳、会議の議事録自動生成といった機能が標準化されつつあります。SamsungはGalaxy S25シリーズで通話中の自動翻訳やメモの要約を実装し、AppleはApple Intelligenceでプライバシーを守りながらSiriを実質的に作り直しました。GoogleはPixel 9aでTensorチップとGeminiを組み合わせた手が届きやすいAI体験を打ち出し、2025年第2四半期の国内出荷を前年同期比57.8%増まで伸ばしています(IDC Japan調べ)。
ただ、AIの競争を一段深く見ると、実態は「どのチップが何パラメータのモデルをデバイス内で動かせるか」という性能数値の争いです。AppleがiPhone 14 ProにApple Intelligenceを提供しなかったのはRAMが6GBで処理しきれなかったためで、Samsungが一部機能をクラウド処理に頼るのも端末の演算能力に上限があるためです。つまり「CPU競争」が「NPU(ニューラルプロセッサ)競争」に名前を変えただけ、という見方もできます。それでもAIに本質的な可能性があるとすれば、あなたのスケジュールを把握し、話し方を学習し、文章を打つ前に補完する——こうした「個人への最適化」はベンチマーク数値では測れない体験であり、そこに差別化の芽があるといえます。
折りたたみが「普及しない理由」は、価格だけではない
形状そのものを変えるという方向では、折りたたみスマートフォンへの期待が続いています。2025年7〜9月期の折りたたみ出荷台数は前年同期比14%増で過去最高を更新しましたが、スマートフォン全体に占めるシェアはまだ2.5%にとどまっています(Counterpoint Research調べ)。Samsungは2019年のGalaxy Fold以来この市場を引っ張り続け、Huawei、Xiaomi、OPPOも参入して選択肢は増えています。日本市場ではSamsungの平均販売価格が2020年比で約2倍以上に上昇しており(IDC Japan調べ)、折りたたみはシェアより利益を取る戦略の柱になっています。
「高いから売れない」は表面だけの説明です。もう少し深く見ると、「耐久性への不信感」が根強く残っています。折り目がつく、ヒンジが壊れる——実態として年々改善されていても、消費者のイメージはなかなか更新されません。その根っこには「なぜ大きな画面が必要なのか」というユースケース自体が社会的に合意されていないことがあります。2026年に向けてAppleの参入が濃厚とされており、iPhoneの折りたたみ版が転換点になるとの見方が業界内で強まっています。Appleが折りたたみを出す意味は機能の追加ではなく、「この形を持つ理由」を社会的に定義することにあるでしょう。
「長く使える」はユーザーへの約束であり、メーカーにとっての賭けでもある
OSを7年間アップデートするといった長期サポートを差別化の軸に据える動きも広がっています。消費者には朗報ですが、メーカーの立場からは新機種への買い替えサイクルを自ら延ばすことを意味します。中間所得層の約48%が価格を理由にプレミアム端末の購入を先送りにしており、「高くても買う理由」を示せないメーカーは価格競争に引き込まれていきます。SamsungのGalaxy A25は「世界的に見ても非常に低価格」(IDC Japan)と評されながら国内で着実に売れ、2025年第2四半期に60.4%増の出荷を記録しました。
長期サポートで信頼を積む路線と、価格を下げて量を稼ぐ路線——どちらかに振り切れないメーカーは、どちらの市場でも中途半端になるリスクを抱えることになります。AppleがA16チップにApple Intelligenceを提供しなかったことで旧機種ユーザーが取り残されたと批判を受けたように、「何年にわたって最新機能を届けられるか」がブランドへの信頼に直結する時代です。
メーカーが本当に戦っているのは「競合」より「無関心」かもしれない
各社が向き合っている最大の課題は、競合メーカーへの対抗ではなく、消費者の「どれも同じに見える」という無関心との戦いだといえます。2025年後半からはAI需要に端を発したメモリ価格の高騰が始まっており、2026年以降のスマートフォン価格への影響が懸念されています(MM総研)。価格が上がるほど「なぜこれを買うのか」の説明責任はメーカーに重くのしかかります。
AIによる個人最適化、折りたたみが描くライフスタイル、長く使うことへの信頼感——これらに共通するのは、機能の優劣ではなく「この機種を持つ自分」という物語の差別化です。スペックの数字は比較できますが、物語は比較できません。次にスマートフォンを選ぶとき、あなたが何を基準にするかが、そのままメーカーの勝敗を決める一票へとなるでしょう。
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