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扶養の範囲内が生む依存構造――非正規雇用格差が経済的DVを生み出す仕組み

「逃げない」ではなく「逃げられない」が正確な言葉

DVから逃げない女性に対して「なぜ逃げないのか」と問う声は、今も繰り返されます。しかしその問いは、向ける先をそもそも間違えています。当事者の多くが口にするのは意志や感情の話ではなく、「出て行っても生きていけない」というシンプルなお金の話です。

日本で働く女性の53〜54%が非正規雇用です(総務省「労働力調査」2023年)。男性の非正規比率が約22%であることを考えると、この差を「女性が望んでそうしている」と説明するのは無理があります。育児休業の取得率は女性80.2%に対して男性17.1%(厚生労働省「雇用均等基本調査」2022年)という現実があり、育児を担うために正規雇用の席を離れた女性が非正規に移行し、収入が下がり、資産が積み上がらないまま、パートナーへの依存度だけが高まっていきます。国税庁「民間給与実態統計調査」(2022年)では女性の平均年収は314万円、男性は563万円と約1.8倍の開きがあり、この差の多くは雇用形態の違いから生じています。収入の格差は、そのまま家庭内の力関係の非対称さに転化していくと考えられます。

 

傷跡を残さない暴力が、最も長く続く

経済的DVとは、生活費を渡さない、収入を管理・没収する、働くことを禁じる、借金を強要するといった行為を指します。内閣府は身体的・精神的暴力と並ぶDVのカテゴリーとして明確に定義しており、相手を支配し統制する手段として機能します。内閣府「男女間における暴力に関する調査」(2021年)では、配偶者から経済的暴力を受けたと回答した女性は約10.3%でしたが、この数字は「自分が暴力を受けた」と認識している人に限られます。「パートだから口出しできない」「生活費が少ないのは仕方ない」という感覚で受け入れている人は、この統計の外側にいます。

身体的暴力は傷が証拠になりますが、経済的DVは傷跡を残しません。だからこそ発覚が遅れ、被害が長引く傾向があります。加害者自身が「暴力をふるっている」と自覚しないまま続くケースも珍しくなく、それがこの問題の根深さをいっそう際立たせています。依存と恐怖が同時に働くため、収入がなければ離れられず、離れようとすれば「どうやって生きるのか」という恐怖が先立ちます。この状態では「嫌なら出て行け」という言葉は感情的な捨て台詞ではなく、現実の脅迫として機能します。逃げないのではなく、逃げる選択肢が存在しない状況に置かれているといえます。

 

問題を深刻にしているのは、制度そのもの

年収103万円・130万円という「壁」を超えると、扶養から外れて社会保険料の自己負担が発生します。その結果、多くの非正規女性が意識的に就労を抑え、収入は低く保たれ、経済的な自立の土台が育ちません。配偶者控除はもともと「家族を支える制度」として設計されましたが、結果として女性の就労を抑制し、依存関係を維持しやすくする構造を生み出しています。経済学者の間でこの制度への批判が続いているのは、そのためです。

非正規への集中・配偶者控除による就労抑制・育児負担の女性偏重、これらが重なるとき、経済的DVのリスクは個人の問題を超えて構造として固定されます。加害者が特別に悪質な人物である必要さえなく、依存関係が整えば支配はごく自然に発生しえます。むしろ「自分は支配などしていない」という加害者の無自覚こそが、被害者の訴えを「大げさだ」と見なす空気を生み、支援へのアクセスをさらに遠ざけることになります。この問題が「個人間のトラブル」として矮小化されやすい背景には、そうした無自覚の連鎖があると考えられます。

 

被害者でなくても、知っておくべきことがある

この問題は当事者だけが理解すればいいものではありません。周囲の人間が構造を知っているかどうかが、被害者の孤立を防ぐ最初の一手になります。経済的DVを受けている、あるいは受けているかもしれないと感じたとき、配偶者暴力相談支援センター(各都道府県設置)は電話・対面どちらでも対応しており、住民票の閲覧制限や緊急避難支援も利用できます。生活保護は「仕事がないから申請できない」制度ではなく、DVから逃げた直後でも申請できます。DV被害者支援団体の調査では、相談機関を利用しなかった最大の理由は「相談してもどうにもならないと思った」というものでした。制度は存在していても、知られていなければ届きません。

周囲の人に伝えたいのは、「経済的な依存関係にある人が逃げないのは当然だ」という認識を持つことです。励ます前に経済的な現実を一緒に整理する、相談窓口の存在を具体的に伝える、「なぜ逃げないのか」と問わない、この三つを意識するだけで、そばにいる人間にできることはずいぶん変わります。非正規雇用の女性比率の高さと経済的DVの連鎖は、個人の不運でも判断ミスでもなく、雇用・税制・育児・支援へのアクセスという構造が積み重なって生まれた社会の問題です。その全体像を知ることが、変化の出発点になるでしょう。

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