ワットアバウティズムはなぜ広がるのか:心理学と社会構造から読み解く
ワットアバウティズムが議論を止めてしまう理由
ニュースやSNSで社会問題について意見が交わされると、「その話も大切だけれど、こちらの問題はどうなのか」と別の話題へ切り替わる場面を見かけることがあります。このような議論の進め方は「ワットアバウティズム」と呼ばれ、英語の「What about ~?」が語源です。本来議論しているテーマへの回答ではなく、別の事例を持ち出して論点を移す手法として知られています。
別の問題を取り上げること自体は決して悪いわけではありません。複数の課題を比較することで新しい視点が得られる場合もあります。しかし、本来の問いに答えないまま話題を変えてしまえば、最初に議論していた問題は置き去りになります。何を解決するための話し合いだったのかが分からなくなり、議論だけが続いて結論が見えなくなる状況も生まれます。ワットアバウティズムが問題視される理由は、別の課題を取り上げる行為ではなく、本来向き合うべきテーマから注意が逸れてしまう点にあるといえるでしょう。
人はなぜ論点をずらしたくなるのか
ワットアバウティズムが繰り返される背景には、人間の心理があります。心理学では、自分の信念や価値観と異なる情報を突き付けられると、不快感を覚えやすい傾向があると考えられています。1957年に心理学者レオン・フェスティンガーが提唱した認知的不協和理論は、その代表的な考え方です。自分が間違っている可能性を受け入れることは精神的な負担を伴うため、人は無意識のうちにその苦痛を避けようとすると考えられます。
その結果、「こちらにも事情がある」「相手にも同じ問題がある」と別の話題へ意識を向ける反応が生まれます。背景にあるのは自尊心だけではありません。人は性別や職業、国籍、政治的立場など、さまざまな集団に所属しています。そのため、自分ではなく所属する集団が批判されても、自分自身への攻撃として受け止める場合があります。すると問題の内容を検討するより、自分たちを守る行動が優先され、論点を移す発言につながる可能性があります。ワットアバウティズムは、責任を回避する意図だけでなく、自分の立場や価値観を守ろうとする心理が重なって生まれる現象ともいえるでしょう。
社会や性別の議論で起こりやすい背景
ワットアバウティズムが特に目立つのは、多くの人の価値観が関わる社会問題です。性別を巡る議論では、女性が抱える課題について話している最中に「男性にも生きづらさがある」という意見が出ることがあります。反対に、男性の育児参加や働き方を議論していると、「女性側にも課題がある」という反論が返される場面も少なくありません。どちらも現実に存在する問題ですが、その場で話題が切り替われば、最初の課題は十分に議論されないまま終わってしまうと考えられます。
この現象が広がる背景には、SNSの仕組みも影響しています。総務省の調査では、日本国内のSNS利用率は多くの年代で高い水準となっています。短い投稿では背景を詳しく説明しにくく、刺激的な表現ほど拡散されやすい傾向があります。SNSのアルゴリズムは反応の多い投稿を優先的に表示するため、落ち着いた説明よりも対立を生む発言が注目を集めるケースも珍しくありません。その結果、議論は課題を解決する場ではなく、「どちらが正しいか」を競う場へ変化しやすくなり、ワットアバウティズムが繰り返される土壌が形成されていると思われます。
建設的な対話へ変えるために必要な視点
ワットアバウティズムを避けるためには、新しい問題を持ち出す前に、まず現在の問いへ答えているかを確認する姿勢が求められます。関連する課題を比較することには意味がありますが、本来の論点を整理してから議論を広げるほうが、お互いの考えを理解しやすくなるのではないでしょうか。話題を次々に増やすより、一つずつ丁寧に整理したほうが、解決策も見つけやすくなると考えられます。
社会問題には、一つの視点だけで説明できるものはほとんどありません。性別、経済、教育、政治などは複雑につながっており、それぞれに異なる背景があります。それでも、一つの課題を別の課題で打ち消してしまえば、本質は見えにくくなります。ワットアバウティズムという言葉を知る目的は、相手を批判することではなく、自分自身も同じ行動を取っていないか振り返ることにあります。議論とは勝敗を決める場ではなく、課題を理解し、解決策を探るためのものです。その意識が広がれば、対立を繰り返すだけだった議論も、より建設的な対話へ発展していくことが期待されます。
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