個人投資家がプロに勝てない理由は「情報」じゃない──データと心理学で解き明かす構造
情報が手に入っても、なぜ勝てないままなのか
「プロには情報がある。だから個人は勝てない」という話、一度は耳にしたことがあるでしょう。言葉の響きはもっともらしいですが、実際の投資環境と照らし合わせてみると、少し話が違ってきます。
企業の決算短信はTDnetというサイトで誰でも無料で読めますし、機関投資家向けに作られていたアナリストレポートも、今では大手証券会社のアプリで一般公開されています。企業のIR説明会はYouTubeでライブ配信され、経営者自身がXやnoteで株主に語りかけるケースも珍しくありません。「情報はプロだけのもの」という状況は、インターネットが普及する以前の話です。
それでも、個人投資家が劇的に勝てるようになったというデータは見当たりません。日経マネーが約3万5,000人を対象に行った2020年の調査でも、3年間一貫して運用成績がプラスだった個人投資家はほんの一握りにとどまっています。情報環境がここまで整備されても結果が変わっていないとすると、情報の非対称性は「負ける理由のひとつ」ではあっても、「主な理由」ではなかったと考えるほうが自然でしょう。そしてここが重要なのですが、原因の診断を間違えてしまうと、対策もまるごと的外れになってしまいます。
プロが負ける理由と、個人が負ける理由は「別の話」である
「プロでさえ市場平均に勝てないのだから、個人が勝てないのは当然だ」という言い方をされることがあります。ただ、これは2つの別々の話を混ぜてしまっています。
S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス社が公表しているSPIVA日本スコアカード(2025年末版)によると、日本の大型株アクティブファンドの約80%が、15年という長い期間でインデックス(市場平均)を下回りました。グローバル株式では、10年・15年のスパンでインデックスを上回ったファンドが事実上ゼロという結果も出ています。ただしこれは、プロが運用するファンドの成績です。
なぜプロが負けるのかというと、コストがリターンを食い続けるからです。アクティブファンドの信託報酬は年1〜1.5%程度が一般的で、インデックスファンドの0.1%台と比べると、30年かけて積み上がる差は相当なものになります。年7%の成長を前提に試算すると、100万円が30年後に約740万円になるか、約500万円にとどまるかという差です。それ以前に、市場参加者全員の売買の合計がインデックスそのものである以上、コストゼロで取引しても必ず半数は平均を下回ります。これは情報量とは関係のない、数字の話です。
個人がプロに勝てない理由は、これとは別のところにあります。コストの問題というより、プロには当たり前に備わっていて、個人には存在しない「仕組み」の差です。同じ情報を手にしていても、その情報にどう反応するかを制御できる環境があるかどうかで、判断の質はまったく変わってきます。
感情は、情報より強く判断を狂わせる
ノーベル経済学賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーは1979年、プロスペクト理論と呼ばれる考え方を発表しました。その核心は「人間が損失から受ける痛みは、同じ金額の利益から得る喜びの約2倍の強さを持つ」というものです。10万円儲かったときの嬉しさより、10万円損したときの辛さのほうが、心理的にずっと大きく感じられるということです。
これが投資の場でどう現れるかは、心当たりのある方も多いでしょう。含み損が出た株を「そのうち戻るはず」と売れずに何ヶ月も持ち続ける「塩漬け」は、損失を確定させる痛みから逃げようとする心理の現れです。反対に、少し利益が出た途端に売ってしまい、そのあとの大きな上昇を見逃してしまうことも、同じ心理から来ています。行動経済学ではこれを「ディスポジション効果」と呼んでいて、損は大きく育ち、利益は小さいまま刈り取られるという最悪のパターンが、感情によって自動的に生み出されます。
さらに厄介なのは、これが「知識で解決できない」という点です。カーネマン自身、著書『ファスト&スロー』の中で、行動経済学を研究している自分でも自分のバイアスを取り除けないと書いています。「知っていること」と「実際にできること」の間には、埋めにくい溝があります。機関投資家にはその溝を埋めるための仕組みがあります。損切りラインを明記した運用ルール、リスク管理委員会によるチェック体制、感情で動いてはいけないという組織としての規律です。個人投資家にはそれがなく、含み損が膨らむ画面を前に、不安や焦りのただ中でひとりで決断しなければなりません。どれだけ情報を集めても、この「制度の差」は埋まりません。情報の差とはまったく別のところに、本当の問題があるでしょう。
対策が正反対になるということの意味
「情報が足りないから負けている」という診断をすると、「もっと情報を集めよう」という行動に向かいます。有料の情報サービスに加入したり、テクニカル指標を新たに勉強したり、著名投資家のSNSをフォローしたりと、情報収集に時間とお金を使い始めます。でもこれらは、本当の敗因であるコストの重さと感情バイアスをまったく変えません。有料サービスの月額費用が加わる分、コストはむしろ増え、情報が増えれば増えるほど「動きたい」という衝動も強まりやすくなります。
感情の問題が主な敗因だとすれば、対策は真逆になります。「調べる量を増やすこと」ではなく、「売買の回数を減らし、あらかじめ決めたルールで感情を縛ること」が有効になるでしょう。情報格差への処方箋と感情格差への処方箋は、方向がまるで違います。
「情報の非対称性」という説明が厄介なのは、それが嘘ではないからです。部分的には正しい言葉だからこそ、本当の問題から注意をそらしてしまいます。自分はコストで負けているのか、感情で負けているのか、それとも時間軸の取り方が間違っているのか。その問いを自分に向けることが、投資において何よりも先にやるべきことかもしれません。
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