学歴フィルターはなぜ残り続けるのか :採用効率と多様性の間にある課題
学歴フィルターは能力評価よりも企業の都合から生まれた
学歴フィルターという言葉には、どこかネガティブな印象がつきまといます。学歴だけで人を判断するのは不公平だという意見がある一方で、企業側からは応募者が多すぎる以上、ある程度の基準で選考を進めなければ採用活動そのものが成り立たないという声も聞かれます。
実際のところ、学歴フィルターが現在まで残り続けている理由は、企業にとって一定の合理性があるからでしょう。人気企業には毎年数千人から数万人規模の応募が集まり、その全員と十分な時間をかけて向き合うことは現実的ではありません。採用担当者の人数や選考期間には限界があり、企業は限られた時間の中で将来活躍してくれる人材を見つけ出す必要があります。そこで利用されるのが学歴です。
難関大学へ進学するためには継続的な努力や学力が求められるため、企業は大学名を一種の能力指標として扱います。確かに一定の相関はあるでしょう。しかし企業が本当に知りたいのは大学名そのものではなく、入社後に成果を出せる人物かどうかです。本来であれば個々の経験や価値観、課題解決力や行動力まで見なければ正確な評価はできませんが、それには膨大なコストがかかります。
結果として企業は大学名という分かりやすい情報を利用して選考を進めることになります。つまり学歴フィルターは能力を正確に測る仕組みというより、企業側の評価コストを削減するための仕組みとして機能している面が大きいと考えられます。
教育格差が学歴格差となり採用格差へとつながる構造
学歴フィルターの議論が複雑になるのは、学歴そのものではなく、その背後にある教育格差が深く関係しているためです。文部科学省の調査では、世帯年収が高い家庭ほど大学進学率が高く、難関大学への進学割合も高い傾向が示されています。
受験勉強には塾や予備校、参考書、模試など多くの教育投資が必要であり、家庭の経済状況によって学習環境に差が生じることは避けられません。都市部と地方でも状況は異なります。首都圏には進学校や予備校が集中している一方で、地方では進学先の選択肢そのものが限られるケースがあります。同じ能力を持っていても育った環境によって進学結果が変わることは珍しくありません。
もちろん難関大学に進学した人の努力が軽視されるべきではありませんが、学歴が本人の努力だけで決まるわけでもないことは事実でしょう。親の所得や教育方針、住む地域、受験情報へのアクセスなど数多くの要素が積み重なり、その結果として大学名が形成されます。
そして企業は、その大学名を能力の証明として評価します。こうして教育機会の差が学歴の差となり、さらに採用結果の差へと変換されていきます。学歴フィルターは公平な競争の結果を見ているようでいて、実際には過去に与えられた教育環境の違いまで評価している側面があるといえるでしょう。
学歴フィルターは企業自身の成長機会も奪っている
多くの場合、学歴フィルターによる不利益は学生側の問題として語られます。しかし視点を変えると、企業側も少なくない機会損失を抱えていることが見えてきます。企業が成長を続けるためには多様な価値観や経験を持つ人材が必要です。顧客のニーズが複雑化し、市場の変化が速くなっている現代では、同じような考え方を持つ人だけで組織を構成することが大きなリスクになり得ます。
ところが学歴フィルターが強く働くと、似た教育環境で育った人材が集まりやすくなります。すると発想や価値観も似通い、新しいアイデアや異なる視点が生まれにくくなります。海外では学位要件を見直し、実務能力やスキルを重視する採用へ移行する企業も増えていますが、その背景には大学名だけでは将来の成果を予測しきれないという認識があります。それにもかかわらず、多くの企業が学歴フィルターを維持し続けている理由は別のところにもあります。
有名大学出身者を採用して期待した成果が出なかったとしても、「一般的には優秀と評価されていた人材だった」という説明が可能です。一方で無名大学出身者を採用して失敗した場合には、「なぜその人を選んだのか」という判断そのものが問われることがあります。
企業は能力だけで人を選んでいるつもりでも、実際には組織として説明しやすい選択を優先している場面もあるのではないでしょうか。学歴フィルターは効率化のための仕組みであると同時に、採用担当者がリスクを回避するための仕組みとしても機能しているように思われます。
求められているのは学歴を否定することではない
学歴フィルターを完全になくせばすべての問題が解決するわけではありません。学歴は努力や学習能力を示す一つの指標であり、企業が参考にすること自体は自然な流れです。
ただし、それだけで人材の価値を判断する時代は少しずつ終わりに近づいているのかもしれません。企業が本当に求めているのは大学名ではなく、組織に価値をもたらし成果を生み出せる人材です。
そのためには学生時代の活動実績やインターンシップでの経験、課題解決への取り組み、コミュニケーション能力、専門スキルなどを総合的に評価する必要があります。人手不足が深刻化し、働き方や価値観が多様化する社会において、従来と同じ採用基準だけでは優秀な人材を見つけることが難しくなることも考えられます。学歴フィルターは長年にわたり企業の採用活動を支えてきましたが、その合理性が教育格差を再生産し、多様な才能との出会いを失わせているのであれば、見直しの余地は十分にあるでしょう。
これからの採用で重要になるのは、どの大学を卒業したかではなく、その人がどのような経験を積み、どのような価値を生み出せるのかを見極める力ではないでしょうか。学歴フィルターの問題は学生だけの問題でも企業だけの問題でもありません。社会全体が人材をどう評価するのかという問いにつながっており、その答えが問われる時代に入りつつあるといえます。
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