エンタメが細分化される時代に「つながり」はどこへ向かうのか

共通の話題が生んでいたもの

テレビの前に家族が集まり、翌朝には職場や学校で「昨日の見た?」という会話が自然と始まる——そんな日常が当たり前だった時代がありました。1980年代から1990年代にかけて、人気ドラマの視聴率が20〜30%台を記録することは珍しくなく、ひとつの番組を通じて老若男女が同じ話題を共有していました。その体験は娯楽の消費というだけでなく、世代や職業の壁を軽々と越えて会話の糸口になり、社会をゆるやかにひとつにまとめる力を持っていたといえます。

ところが現在、その構造は大きく様変わりしています。動画配信サービスの普及により、視聴のスタイルはすっかり個人単位になりました。総務省の情報通信白書(2023年版)によると、定額制動画配信サービスの利用率は20代で60%を超えており、テレビのリアルタイム視聴よりも自分のペースで好きな作品を選ぶ層が主流になっています。音楽の世界でも同じ変化が起きていて、1990年代には年間数十作ものミリオンセラーが生まれていたのに対し、ストリーミングが中心となった現在はヒットが一点に集中しにくくなりました。選べる作品が増えた豊かさの裏側で、「みんなが知っている曲」や「みんなが見ていた番組」が生まれにくい時代になっています。

 

細分化がもたらした豊かさと、見えにくい変化

コンテンツの多様化は、確かに多くのものをもたらしました。自分の好みに合った作品を自由に選べる環境は、「みんなが見るから見る」という受け身の消費から、「本当に好きなものだけを選ぶ」という楽しみ方への転換を可能にしました。アニメや音楽のジャンルが細かく枝分かれしたことで、ニッチな作品が熱量の高いファンを集め、文化の裾野が豊かに広がってきたことは間違いありません。

ただ、その一方で大きな変化もあります。NHK放送文化研究所が長年にわたって実施している「日本人の意識」調査では、「社会への帰属感」や「世代間のつながり感」に関する数値が、長期的に下がり続けています。コンテンツの選択肢が爆発的に増えた時期と、孤独感の広まりが社会的な課題として語られるようになった時期は、ほぼ重なっています。どちらが原因でどちらが結果かを単純に決めることは難しいですが、「同じものを共有することで生まれていた連帯感」が薄まっていることは、日々の生活の中で感じている方も多いのではないでしょうか。

職場でも学校でも、「最近面白いものある?」と聞けば全員が違うタイトルを挙げる光景は、今や珍しくありません。それ自体は個性の豊かさの表れともいえますが、初対面の相手と話の糸口を探すときの難しさにもつながっています。共通の話題が自然と生まれていた時代に比べると、関係を築くための最初の一歩に、少し余分なエネルギーがかかるようになったと感じる方も多いでしょう。

 

SNSが変えた「共感」のかたち

注目したいのは「共通の話題がなくなった」という変化そのものより、「共感が生まれる仕組みが変わった」という点かもしれません。かつての共感は、同じコンテンツを同じタイミングで体験することで自然と湧き上がるものでした。今は、SNSというフィルターを通じて、感想や感情を言葉にすることで後から共感が作られていく性質が強くなっています。

X(旧Twitter)などで見られる「リアルタイム実況」の文化は、その変化をよく表しています。配信ドラマをそれぞれ違うタイミングで見た人たちが、ハッシュタグを通じて感想をぶつけ合い、見知らぬ相手と熱量を共有しています。この形の共感は、場所も時間も選ばない広がりを持っています。ただ、「同じ瞬間に同じものを見ていた」という体験とは、やはり少し質が違います。感動が言語化・拡散される速さが優先されるぶん、その余韻が短く終わりやすい面もあります。

趣味のコミュニティが細分化されたことで、「好きなものが同じ人とだけつながる」という関係も増えています。同じ推しを持つファン同士の結びつきはとても強くなる一方、そのコミュニティの外側との接点は自然と限られてきます。社会学でいう「エコーチェンバー」に近い状態で、価値観や感性の異なる人と交わる機会が減っていくというリスクは、頭の片隅に置いておきたいところです。

 

それでも「つながりたい」という気持ちは変わらない

では、この時代に「つながり」はどこへ向かうのでしょう。ひとつのヒントになるのが、リアルな体験への関心の高まりです。ライブコンサートや映画館での鑑賞、スポーツ観戦など、同じ場所・同じ時間を共にする体験への需要は、コロナ禍を経て急速に戻ってきています。国内の音楽ライブ市場は2023年に約4,000億円規模まで回復・拡大しており、「その場にいた」という記憶を誰かと持ち合いたいという気持ちが、数字にもしっかりと表れています。

コンテンツは個人の手の中に収まり、選ぶ自由は以前と比べものにならないほど広がりました。その豊かさは本物ですし、これからも続いていくでしょう。ただ、自分だけの体験をどれだけ積み上げても、完全には満たされない部分が人にはあります。「あのとき一緒に見ていたな」という共有の記憶が、何年も経ってから人と人をつなぐ接点になることは、これからもきっとあるはずです。
エンタメが細分化されていく時代だからこそ、意識的に「共有の場」を作ることの価値は、むしろ高まっていくと考えられます。つながりのかたちは変わっても、つながりを求める気持ちそのものは、変わらないのではないでしょうか。

カテゴリ
趣味・娯楽・エンターテイメント

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