収入でも意識でも分断が進む——「ポスト中流社会」のリアル
9割が「中流」を名乗った時代
かつて日本には「一億総中流」という言葉がありました。1970年代に広まったこの表現は、国民の大多数が「自分は中流に属する」と感じていた時代の象徴です。内閣府の国民生活に関する世論調査によれば、1970年代後半には国民の約90%が自身を「中の上」「中の中」「中の下」のいずれかに位置づけていました。この数字は単なる統計ではなく、戦後日本の繁栄が生み出した「みんな似たような暮らしをしている」という社会的な安心感の表れでもあったといえます。高度経済成長期には製造業を中心に雇用が拡大し、終身雇用と年功序列という慣行が多くの家庭に安定した収入の見通しを与えていました。その構造がある種の「生活水準の均質化」を下支えしていたと考えられます。
非正規雇用の拡大が塗り替えた所得地図
ところが2000年代以降、その構造は緩やかにではなく、かなり急速に崩れていきました。バブル崩壊後の1990年代に始まった長期停滞は、日本の所得分布を根底から塗り替えました。非正規雇用の割合は1990年代初頭の約20%から、2023年時点で約37%(総務省「労働力調査」)にまで上昇しています。正規雇用者の平均月収が約33万円であるのに対し、非正規雇用者は約21万円にとどまり、その差は月額で約12万円に上ります。この差が生涯にわたって積み重なれば、総収入の開きは数千万円規模に達しうるでしょう。
「努力すれば中流になれる」という戦後的な信仰は、こうした数字を前にすると、もはや成立しにくい時代になっています。所得そのものにとどまらず、社会保障の手厚さや老後の見通し、子どもの教育機会といった生活の質の総体が、正規か非正規かという一点で大きく分岐するようになったと思われます。
「中間」という分類が隠す、三つの現実
従来の「中流」が消えた空白に新たな層が生まれてきたことも、見逃せません。経済学者の橘木俊詔氏が指摘するように、現在の日本社会には大きく分けて「新富裕層」「旧型中間層(縮小中)」「ワーキングプア層」という三つの大きなくくりが生じています。国税庁の「民間給与実態統計調査」(2023年版)によれば、年収700万円以上の世帯が全体の約20%を占める一方、年収300万円未満の世帯も全体の約35%に達します。残りの45%弱が300万〜700万円の幅に分布しますが、この層の内部格差もかつてより大きくなっています。
200万円台後半の非正規労働者と600万円台の共働き正規世帯とでは、家計の構造も将来設計も根本的に異なるにもかかわらず、統計上は同じ「中間」に分類されてしまいます。数字が現実の複雑さを覆い隠す時代になったのではないでしょうか。
「自分は下層だ」と感じ始めた人々
こうした経済的な分断は、「意識」の次元でも着実に進んでいます。内閣府の世論調査では、2020年代に入ると「自分は下の層に属する」と答える割合が全体の約30%を超え、「中の中」と答える割合は60%台前半にまで低下ししている様子は、かつて90%近くを占めた中流意識が侵食されているといえるでしょう。
この変化が示すのは、単に所得が下がったという話ではありません。老後の不安、住宅コストの高騰、子育て費用の膨張が重なるなかで、「自分の生活水準はいつか落ちるかもしれない」という感覚が広がり、人々が自分の立ち位置を以前より厳しく見積もるようになっていると考えられます。「中流」という言葉には、現在の豊かさだけでなく将来への見通しの安定が含まれていました。その将来展望が崩れたとき、「中流」という自己認識も同時に失われていったと見るのが自然です。
かつての「一億総中流」が特定の政策や経済条件のもとで成立した歴史的な現象だったとすれば、私たちはいま、その後に続く新しい社会秩序の形成期にいると思われます。分断された階層のあいだで、人々はそれぞれに異なる戦略で生き抜こうとしており、その多様さこそが「ポスト中流社会」の実相を形成しているといえるでしょう。
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