子どもの自律心を育てる親、奪う親――その違いはどこにある?

子育ての「正解」が、逆効果になるとき

「転ばぬ先の杖」という言葉があります。失敗を防ぐために先手を打つことを美徳とする発想は、子育ての場面でも自然と顔を出すものです。宿題の答えをそっと教えてしまう、友人関係のトラブルに親が出て解決する、習い事を子どもが嫌がる前にやめさせる――これらはどれも、子どもを傷つけたくないという純粋な愛情から生まれる行動でしょう。しかし、こうした「先回り」が積み重なるほど、子どもが自分の力で問題を解決する機会は少しずつ削られていきます。

発達心理学の分野では、自律性の獲得は幼少期から青年期にかけて段階的に育まれるものだとされています。エリク・エリクソンの発達段階理論によれば、1〜3歳ごろの子どもは「自律性 対 恥・疑惑」という葛藤のなかで、自分でやり遂げる感覚を身につけていく時期にあたります。この段階で過剰に介入されると、子どもは「自分にはできない」という感覚を無意識のうちに形成してしまう可能性があります。大切なのは失敗の有無ではなく、挑戦したという経験そのものではないでしょうか。

 

「褒め方」が子どもの可能性を決める

親の関わり方のなかでも、言葉の使い方は特に大きな影響を持ちます。スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドウェックが提唱した「マインドセット理論」は、この点において非常に示唆深いものです。ドウェックの研究では、「頭がいいね」「才能があるね」といった能力そのものを褒める言葉を継続的にかけられた子どもは、失敗を恐れて新しい挑戦を避ける傾向が強まることが示されています。一方、「よく頑張ったね」「諦めずに考え続けたね」というプロセスに焦点を当てた声かけを受けた子どもは、困難な課題にも積極的に取り組む姿勢を示しました。

この研究が教えてくれるのは、親が何気なく使う一言が、子どもの「失敗してもいい」という感覚――つまり挑戦への意欲そのものを左右するということです。能力を評価する言葉は一見ポジティブに聞こえますが、実際には「自分は成果を出し続けなければならない」というプレッシャーを子どもに与え、自ら壁に向かう力を内側から削いでしまうと考えられます。褒めること自体が問題なのではなく、何を褒めるかが重要なのでしょう。

 

比較と期待が生む「見えない重荷」

親の言動のなかで、もうひとつ見過ごされがちなのが「比較」の習慣です。「お兄ちゃんはできていたのに」「クラスの〇〇ちゃんはもうできるんでしょ」――こうした言葉は、叱咤激励のつもりで使われることが多いものです。しかし子どもにとってこれは、「今の自分では不十分だ」というメッセージとして伝わりやすくなります。国立教育政策研究所の調査では、自己肯定感の低い子どもほど、保護者から他者との比較を頻繁にされた経験を持つという傾向が確認されています。

自己肯定感とは、他者よりも優れているという優越感ではなく、「ありのままの自分には価値がある」という感覚のことを指します。この感覚が土台にある子どもは、困難に直面したとき他者の顔色を確認するのではなく、自分の内側から答えを探そうとするものです。比較によって動機づけようとする関わり方は、短期的には行動を促すことがあっても、長期的には自分自身の判断軸を持ちにくい子どもをつくり出す土壌になりえます。期待をかけること自体は決して悪いことではありません。ただ、その期待が「あなたは今のままでは足りない」という形で伝わるとき、子どもの自律心は育ちにくくなると思われます。

 

「待てる親」が育てる、折れない子ども

自律心を育てる親に共通しているのは、子どもの試行錯誤を「待てる」という姿勢ではないでしょうか。これは無関心とはまったく異なります。何かに躓いている子どもを見守りながら、すぐに手を差し伸べずにいることは、親にとっても相当な忍耐を要するものです。しかしこの「待つ」という選択が、子どもに「自分で解決できた」という体験を与え、それが自己効力感として少しずつ積み上がっていきます。

心理学者アルバート・バンデューラは、自己効力感――自分にはできるという確信――こそが人間の行動の原動力だと述べています。この感覚は、誰かに代わりにやってもらうことでは育ちません。小さな成功体験の積み重ねによってのみ形成されるものだといえます。子どもが靴ひもを結ぶのに時間がかかっても待つ、作文の内容に口出しをしないでおく、友人とのもめごとをまず自分で解決させてみる――こうした日常の小さな「関わらない選択」が、長い目で見たときに子どもの根っこをつくっていくものだと考えられます。

自律心を育てることは、子どもを突き放すことではありません。失敗しても「あなたならできる」と信じて見守ること、プロセスを認める言葉をかけること、比較ではなくその子自身の成長に目を向けること――これらはどれも、地味で目に見えにくい関わり方です。それでも、子どもの可能性を内側からじっくりと広げていくものだと思われます。親としての不安を完全に手放すことは難しいでしょう。それでも、少しだけ「待つ」ことを選んだその瞬間に、子どもは確かに一歩前へ踏み出しているものです。

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学問・教育

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