生産性アプリを使いすぎると逆効果?ツール過多が招く「スキル劣化」の理由
ツールを入れるたびに、なぜか仕事が増えていく
「このアプリを使えば、もっとうまく管理できる」と思って新しいツールを入れたのに、気づいたら切り替えるだけで一日が終わっていた——そんな経験はないでしょうか。タスク管理アプリ、メモツール、チャット、カレンダー、資料共有サービス……気がつけば10個以上のアプリを毎日行き来しているのに、肝心の仕事はあまり進んでいない。これが「ツール過多の罠」の正体です。
Gartnerの調査によると、ビジネスパーソンが日常的に使うSaaSアプリの数は2019年から2023年の4年間で約38%増え、一人あたり平均11〜13本のアプリを切り替えながら働いているという実態が報告されています。ところが、同じ期間に「生産性が上がった」と感じている人の割合はほとんど増えていないどころか、わずかに下がっている数字が出ています。ツールを増やしても、成果には直結しない。むしろ一定数を超えると逆効果になるという、少し皮肉な構図です。
なぜそうなるのかというと、アプリを切り替えるたびに脳が小さなリセットを強いられるからです。カリフォルニア大学アーバイン校の研究では、一度中断した作業に再び集中できるまで平均23分15秒かかることが分かっています。メールを確認してSlackに返信してNotionを開いて……という動作を繰り返していると、それだけで深く考える時間がどんどん削られていきます。ツールは「便利な道具」のはずなのに、切り替えそのものがじわじわと集中力を奪っていくというわけです。
ツールが増えると「自分で考える力」が育ちにくくなる
ツール過多の怖さは、集中力が落ちることだけではありません。知らないうちに「スキルが育たない状態」に陥ってしまう点も、見逃せない問題です。
メモアプリを3つ使っているとしましょう。アイデアが浮かんだとき、「これはNotionに書くべきか、それともGoogle Docsか」と判断することから始まる毎日が続きます。ところが、この「どこに書くか」を考える時間は、本来「何を書くか」「どう整理するか」という思考に充てるべき時間です。ツールの操作に慣れていくほど、肝心の「情報を自分の頭で整理するスキル」を磨く機会が減っていきます。
2022年にMITスローン・マネジメント・レビューが発表した分析では、デジタルツールへの依存が深まると専門スキルの習得速度が最大30%落ちる可能性があると推計されています。ツールが思考の代わりを務めるほど、自分の頭を使う場面が減るというわけです。プリンストン大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の共同研究(2014年)でも、タイピングでノートを取った学生より手書きで書いた学生の方が、概念理解のテストで高い点数を出したと報告されています。少し不便な方が、かえって頭を使うという事実は、ツールとの付き合い方を考えるうえで示唆に富んでいます。
もう一つ気をつけたいのが「管理している感」の罠です。新しいタスク管理アプリを入れてリストを整理すると、なんとなく仕事が進んだような気持ちになります。でも実際には、仕事の中身はまだ何も動いていません。心理学では「完了の錯覚」と呼ばれる現象で、準備や整頓が本来の作業の代わりを果たしてしまう状態です。ツールの導入自体に達成感を覚えてしまうと、生産性の本質からどんどん離れていきます。
まず「今あるツールを棚卸し」するところから始める
ではどうすればいいかというと、手っ取り早いのは今使っているツールを全部書き出してみることです。改めて並べてみると、「そういえばほとんど開いていないな」というアプリが必ず何本か見つかります。
残すかどうか判断するときは、3つの問いを基準にするとすっきりします。「週に3回以上使っているか」「これがなければ他の方法がないか」「覚えるのにかかった時間を考えても、使って得をしているか」——この3つすべてに「はい」と言えないツールは、なくても仕事は回ります。この基準を当てはめると、多くの人がツールの数を半分以下に絞れるでしょう。
エンジニアやデザイナーの現場でよく言われる「情報の置き場所は一つに決める」という考え方も参考になります。「メモはNotionだけ」「連絡はSlackだけ」とルールを決めてしまえば、「どこに書いたっけ」と探す時間も、「どこに書こうか」と迷う時間もなくなります。Atlassianが2023年に行った社内調査では、情報管理ツールを3本以上使っているチームは、1〜2本に絞ったチームと比べてプロジェクトの完了スピードが平均17%遅かったというデータが出ています。ツールを絞ること自体が、チーム全体のスピードに直結するということです。
ツールより「使いこなす力」に投資する
ツールを減らした後は、手元に残したものをじっくり深く使い込む時間に充てましょう。数が減ることで生まれた余白こそが、スキルを育てる土台になります。
Excelを例に取ると、10年使っているのに「なんとなく表を作るだけ」という人と、3年しか使っていないのに「このデータから何を読み取るべきか」を考えながら使っている人とでは、明らかに後者の方が仕事に活きています。操作手順を覚えることよりも、ツールを通じて何を考えるかの方がずっと重要で、それがスキルの差として積み重なっていきます。
新しいツールを入れたくなったとき、「今あるツールでこの目的を達成しようとしたら、何ができてまだ試していないか」と自問してみるのもよい習慣です。少し回り道に感じるかもしれませんが、既存ツールを深く理解することがスキルの地力になり、結果的に新しいツールも早く覚えられるようになります。
プロダクティビティ研究者のカル・ニューポートは著書『Deep Work』の中で、道具の選択よりも、道具を使って何を生み出すかという思考の質こそが知識労働者の競争力につながると指摘しています。ツールを増やしたい気持ちはよく分かります。ただ、「増やす前に深める」という原則を一つ持つだけで、集中力とスキルを同時に取り戻すことができるでしょう。
生産性を上げたいなら、次のアプリを探す前に、今手元にあるものを使い切ることから始めてみてください。投資すべき先は新しいツールではなく、それを使いこなす自分自身のスキルと時間です。
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