「健康に気をつけるように、幸せにも気をつける」幸福学の第一人者・前野隆司教授が語る、ウェルビーイングの本質(前編)

「ウェルビーイング」という言葉を、ビジネスの現場で見聞きする機会が格段に増えました。
経営方針に掲げる企業、自治体の政策目標に据える地域、社内研修に取り入れる組織。言葉の浸透は進んでいます。しかし、その本質を正しく理解し、実践に落とし込めている人はどれほどいるのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、日本におけるウェルビーイング研究の第一人者、前野隆司教授です。
工学者としてキヤノンでキャリアをスタートし、カリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大学を経て、現在は武蔵野大学ウェルビーイング学部長・慶應義塾大学名誉教授として、幸福の科学的解明に取り組まれています。
インタビューは前後編でお届けします。
前編ではウェルビーイングの本質に迫り、「幸せに気をつける」とはどういうことか、そして幸せの鍵となる「4つの因子」について語っていただきました。後編では、組織とウェルビーイングの実践をテーマにお届けします。
前野隆司(まえのたかし)
武蔵野大学ウェルビーイング学部長。武蔵野大学大学院ウェルビーイング研究科長。武蔵野大学しあわせ研究所長。ウェルビーイング学会代表理事。日本ウェルビーイング財団理事。慶應義塾大学名誉教授。博士(工学)。
東京工業大学(現東京科学大学)修士課程修了後、キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現職。
専門は幸福学、イノベーション教育、システムデザイン・マネジメント学。
著書に『幸せのメカニズム』(講談社)、『ウェルビーイング』(日経文庫)、『幸せな職場の経営学』(小学館)など多数。
1. ウェルビーイングとは何か
——ウェルビーイングは、身体・心・社会的つながりが満たされた持続的な幸せだと伺いました。まず、この理解で合っていますか。
はい、そのとおりです。ウェルビーイングは、身体や心、そして人や社会とのつながりがバランスよく満たされた状態を指します。健康医学や健康科学と同じように、幸せについてのサイエンスもかなり研究が進んでいまして、健康に気を配ることで長生きしやすくなるのみならず、幸せに気をつけたら生産性や創造性まで上がる。健康と相似形になっていることが、明らかになっています。
「ウェルビーイング」を直訳すると「良い状態」ですが、ここでいう「良い状態」は一時的な感情のことではありません。身体が健康であること、心が充実していること、人や社会と良好なつながりがあること。この3つがバランスよく整っている状態を指します。
——一時的な感情を捉えるだけではなく、もっと広い概念なんですね。まさに今の時代に求められている考え方だと思います。
最近、ウェルビーイングという言葉自体はあちこちで聞くようになった印象がありますが、研究者の目から見て、社会の理解は進んでいると感じますか。
確かに言葉は広まりました。ただ、言葉が広まることと理解が深まることとの間にはタイムラグがあると感じています。
医学の文脈でみると、身体の医学が最初に進みました。怪我をして血が出たら止めるべきである。一方、心の医学、精神医学や臨床心理学は遅れて始まりました。なぜかというと、即効性がないことと解明が困難だったことが影響してると思います。
心の問題は、脳を切ってみて「この部分から血が出ているから落ち込んでいる」というような簡単なものではないじゃないですか。だから、身体との医学と比べて、心の医学は遅れてやってきた。その分、その普及も遅れている。
その結果、「健康に気をつける」予防医学はもう100年以上の歴史があるのに対して、「幸せに気をつける」という発想は、幸せの心理学が始まってから40年ほど。40年は長いようですが、身体の予防医学に比べると圧倒的に普及が遅れています。
——「見えにくいから遅れた」というのは納得感があります。たしかに心の健康というと「うつ病」などマイナス面ばかりが注目されがちで、「幸せをもっと高める」というポジティブな視点はあまり語られていない気がします。
ポジティブな面が広まるのは最後になりがちですね。身体の健康も「血が出ているから治す」「壊れたところを治す」という医学から始まって、そのあとに予防医学が出てきた。
精神医学もまず「うつ病などの精神疾患を治す」から始まっていて、「幸せをもっと高める」という予防に向かっている。体から心へ、緊急対応から予防へ、という二つの側面からみて、二重に遅れているんですよ。
しかし、心の状態にも気をつけたほうがいい。いまストレスチェックで「メンタルが悪い状態」は要注意とされますが、本当はメンタルがやや良い状態、かなり良い状態、とても良い状態、という段階も大事なんです。
「ちょっと悪い」は「かなり悪い」の予備軍ですから、「ちょっと悪い」は「ちょっと良い」にしておいたほうがいい。病気ではないけれど普通くらいの心の状態の人はたくさんいます。この層を予防的にもっと幸せにするというのが極めて重要なのに、それに関する学問は遅れてやってきたんです。だからまだ普及していない。

2. 「健康に気をつけるように、幸せにも気をつける」
——「ちょっと悪い」を「ちょっと良い」に、という発想は新鮮でした。
先生の著書『ウェルビーイング』(日経文庫、前野隆司・前野マドカ著)にあった「健康に気をつけるように、幸せにも気をつける」という考え方にも通じますね。私はこのフレーズが非常に心に刺さりました。もう少し詳しくお話いただけますか。
先ほどお話ししたように、健康のサイエンスと幸せのサイエンスは構造がよく似ています。であれば、「健康に気をつけるのと同じように、幸せにも気をつける」といってもいいのではないかと思います。
あるときそう言ってみたら、共感してくださる方がいらっしゃったんです。
「幸せに気をつける? 幸せって気をつけるものなの?」というちょっとした違和感も含めて説明すると、「確かにそうだ」と納得していただける。重要なポイントだと思っています。
たとえば、私は毎日体重計に乗っているんですが、数字が気になるから意識が高まる。それと同じで、幸せも日常の行動に落とし込むことで意識が高まるんです。
挨拶はいいですね。挨拶をすると幸せになるんですよ。「自分は今日、笑顔で『おはようございます』と挨拶できただろうか」。これを体重計に乗る感覚と同じくらいに自己チェックとして考えてもらえたらと思います。
『ウェルビーイング』(日経文庫)
——体重計に乗るように幸せにも気をつける、というのはとても分かりやすいたとえですね。ただ、「幸せに気をつける」という発想自体が、まだあまり世の中に広まっていないのではないかとも感じます。
まだまだですね。きちんと理解して「健康と同じ感覚で幸せに気をつけよう」と思っている人はごくわずかでしょう。本音を言えば、世の中の半分くらいの人にこの感覚を持ってもらえるようにしたいですね。
健康のことは保健体育でも習いますし、テレビでも新聞でも雑誌でも情報があふれている。お昼のテレビ番組でも「ストレッチがいい」「野菜がいい」など、健康の効果についての情報提供をやっていますよね。
けれど、「幸せのために感謝をもっとしたほうがいい」「挨拶をしたほうがいい」と伝えている番組はない。健康と比べて何十年分か、もしかしたら100倍くらい遅れている感じがしますね。
参考:Well-Being Circleより
——100倍ですか。それだけ遅れているとなると、日常のなかで「自分の幸せが下がっている」と気づくこと自体が難しそうです。
健康でいえば、数日運動しないと「マズいな」と感じて行動を変えますが、幸せにも同じような気づきのシグナルはあるのでしょうか。
パッと思いつくのは、人との会話量です。挨拶や感謝もそうですが、ずっと部屋にこもって仕事をしているとコミュニケーション不足になる。気づかないうちに無表情になっていくんですよ。まさに幸せじゃない状態にちょっとずつ近づいていく。
笑顔不足もありますね。笑う人は幸せなんですよ。しかし、子供と比べると、大人は圧倒的に笑う頻度が少ない。大人ももっと笑った方がいいですよ。
それから、「やりがい不足」ですね。「仕事、つまんないな」と思ったら、その瞬間に気をつけたほうがいい。「よし、月曜日が楽しみだ」と思えていればいいけれど、「なんか職場に行きたくないな」「次の会議が憂鬱だな」と感じたら、それは「運動不足だな」「ジョギングをサボったな」というの(つまり健康へのアラート)と同じサイン(幸福へのアラート)です。
要するに、ネガティブな感情が出てきたということ自体が幸せでないということですから、ネガティブな感情が出てきたら気をつけたほうがいい。
健康な人がジョギングを朝しないだけでムズムズするのと同じで、いい状態を保つことに敏感になること。それが大事だと思います。
——会話量ややりがいなど、言われてみれば思い当たるサインがたくさんあります。では、そうしたサインに気づいたとして、幸せに気をつけるために具体的にどんなことから始めればよいでしょうか。
「自分はできていない」と思うと落ち込むじゃないですか。特に幸せは心の問題ですから、「できていない」と落ち込んでいること自体が不幸せな状態なんです。だから、いきなり大きなことをやろうとしなくていい。
ジョギングをいきなり5km走るのはキツいから、家の周り300mでいい。腕立て伏せ3回でいい。ちょっとだけ始めてみる感覚が健康のために大事じゃないですか。
幸せも同じです。まず挨拶や感謝みたいな、普通にできそうなことから始めるのがいいと思いますよ。
たとえば「毎朝、会社に行ったら自分から挨拶をしてみよう」とか、「1日1回は誰かに『ありがとう』を伝えよう」とか、「いつもにこやかでいるように心がけよう」とか。そういう小さなことからのスタートでいいんです。
感謝もただ「ありがとう」と言うだけでなく、「今日はいい感謝ができたな」「ちょっと感謝が足りなかったかも」と振り返ってみる。メールやチャットを送る前にパッと見て「あ、感謝の一言が抜けている」と気づいて書き加える。それだけでも、雰囲気は変わりますよね。
習慣化するには、最初は意識してやることが大切です。続けていくうちに、無理やりではなく自然にできるようになっていく。それが理想ですね。

3. 幸せの鍵は「4つの因子」
——挨拶、感謝、振り返り。どれも今すぐに試せそうなことばかりですね。そもそも人として大切なことだと思うので、改めて自分自身も心がけていきたいと感じています。ここまでのお話で「幸せに気をつける」ことの大切さがよく分かりました。ここからは、その中身をもう少し体系的にお聞きしたいのですが、先生の著書『幸せのメカニズム』(講談社)でも紹介されている「幸せの4因子」について改めてお聞かせください。
幸せについては、私が研究を始める前からいろいろな知見がありました。感謝すると幸せ、自己肯定感が高いと幸せを感じやすい、夢を持つと幸せ……。
たくさんあるんです。でもたくさんあると覚えられないので、もっとわかりやすく整理できないかと考え、実施したのが因子分析でした。
100問近い幸せに関する質問を約1,500人の日本人に答えていただき、統計的に解析すると4つの因子が得られた。それが「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」です。覚えやすいですよね。
この4つを満たしていると幸せで、どれかが欠けると不幸せに近づく。健康でいう「食事」「運動」「睡眠」のようなもの。幸せの基本です。それぞれについて説明しましょう。
「やってみよう」は「やりがい」のこと。「仕事に行きたくないなぁ」というのはやる気がない状態ですよね。「よし、月曜日から新しいプロジェクトを頑張るぞ」と思えるのが、やってみようの状態です。何かワクワクする感じがあるかどうか、まずチェックしてみてほしいですね。
2つめの「ありがとう」は感謝だけでなく、人とのつながりや利他の心、親切かどうかということも含みます。「今日は人に親切にしたかな」という振り返りもいい。
私が子どものころにはよく「一日一善」と言われていました。1日1つ、いいことをしよう。誰かを助ける。感謝する。人とちゃんと話をする。挨拶やお辞儀をきちんとする。そうしたことが「ありがとう」の因子です。
「なんとかなる」は、前向きで楽観的に「なんとかなるぞ」と思って物事に対処するということ。反対は「後ろ向き」で「悲観的」ですよね。「自分には無理なんじゃないか」とネガティブに考えてしまう状態。そうではなく、前向きで、楽観的で、笑顔がある。それが3つめの因子です。
4つめの「ありのままに」は、他人と自分を比べすぎないこと。人はつい他人と比べてしまいがちですが、「他人は他人、自分は自分」。自分の道を進めばどんどん成長できるのに、他人を見て「羨ましい」と思ってしまう。「羨ましい」と思っている間は幸せになれません。
活躍している人を見たときに、「いいなあ」ではなく、「頑張ったね。私も頑張っています」と思えるようになると、幸せに近づいていきます。
この4つを満たすのが、幸せに気をつけるポイントです。ちなみに「やってみよう」と「ありがとう」は比較的取り組みやすいかもしれません。
でも「なんとかなる」と「ありのままに」は意外と難しい。あり方そのものに関わるところなので、ちょっと高度なんですよね。

——詳しくご説明いただきありがとうございます。「やってみよう」と「ありがとう」は取り組みやすく、「なんとかなる」と「ありのままに」は高度、というのはわかりやすい視点でした。
ちなみに、他のインタビューや書籍などで4つの因子はいつも同じ順番で紹介されていますが、この順番に意味はあるのでしょうか。
あまり関係ないと思います。実はコンピューターが出してきた順番なんですよ。私たちが作った質問に対して、いちばん説明力が高かったのが「やってみよう」だった。
続いて「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」の順なんですが、「ありがとう」に関する質問を増やしていけば「ありがとう」が1位になっていたかもしれません。
「やってみよう」と「ありがとう」、つまり「やりがい」と「つながり」はどちらも大きな柱です。どっちが上ということはない。でも「なんとかなる」と「ありのままに」は、なんとなく支える感じがしますよね。研究のやり方を変えると順番は変わるかもしれませんけどね。
——順番よりも、4つがバランスよく揃っていることが大事なんですね。
それでは、実際に「幸せの4因子」を実践できている人と、そうでない人にはどういった違いがあるのでしょうか。
とても幸せな会社を取材したときに、社長から、「『幸せの4因子』、ウチでやっていることと一緒だよ」と言われたことがあるんです。幸せの4因子を知らなくても、本当に社員の幸せを考えて目指していると、自然とそこにたどり着く。「健康について知らなかったけれど、そういえば睡眠と栄養と運動に気をつけていたね」というのと同じ感覚です。
一方で、できていない人はやっぱり気をつけていない。そもそも認識していない。
「やりがいがある人と、やる気がない人、どっちがいいですか」と聞けば、誰でもやる気がある方がいいに決まっているじゃないですか。
けれど「やる気が出ないなぁ」という人はいる。そういう人は、なんらかの環境要因によって、目の前の問題に向き合って考えられない状態に陥っているんだと思います。考えるのが怖いのかもしれません。本人のせいじゃないんですよ。環境のせいでそうなっている。
やる気がない状態に陥っているのに「やる気を出せ」と言われたら反発しますよね。そこに陥っている人は、なかなか自分ではそこから抜け出せない。コーチングなどを通して、自分を知ることが必要です。心のなかに気づかない苦しみがあって「やってみよう」に行けないでいるのですから。
幸せの条件を満たしていない人は、何かまだ苦しみから抜け出していないように私にはみえますね。
——「気づかない苦しみ」があるから踏み出せない、というのは考えさせられます。自分自身にも思い当たるところがある、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこでお聞きしたいのですが、幸福学の研究者である先生ご自身は、昔から「幸せの4因子」を実践できていたのですか。
いやいや、もちろん、全然そんなことはないですよ。私自身は「やってみよう」は強かったと思います。でも、実は、大学3年くらいまではやる気もなくて将来が不安だったんです。転機は、大学4年の時に卒業論文に取り組んだことです。やってみたら、研究がすごく得意だった。「これは面白い」と思って研究者になりました。やりがいを見つけられて幸いでした。
でも、人へのやさしさとか感謝がちゃんとできていたかというと、今ほどではなかったですね。笑顔も少なくて、「真剣に頑張るぞ」という感じでした。
一方、妻は「ありがとう」の人なんです。新しいことにチャレンジするよりも人が好きで、人との関係性を良くするのがとても得意。
そんな妻と出会って影響を受けて、「もっと感謝したほうがいいな」と思うようになった。逆に私が妻に影響を与えたのは、幸せの研究をして世界の幸せを目指すという大きなビジョン。影響を与え合った結果、幸せな夫婦になっているんだと思います。
人間はみんな最初は未熟。いろいろな人との関係のなかで少しずつよくなっていくものだと思うんです。私ももちろんそうですよ。特に幸せの研究を始めてからの20年くらいで変化が加速したと感じています。ありがたいことです。
ウェルビーイングな生き方、あり方を「試してみたい」という気持ちになった人は、変化がとても早い。でも「胡散臭いですよ」という人は、なかなか新しい視点が増えない。もちろん、どう捉えるかは自分次第です。ですが、多くの人が、幸せを意識して暮らすなら、みんなが幸せな世界が近づくと思っています。そんな世界をみんなで目指したいですね。
4. まとめ
「幸せは気をつけるものなのか?」。インタビューの冒頭で前野教授へ投げかけたこの問いが、取材を終えた今も頭に残っています。
健康に気をつけるのは当たり前のこと。体重を測る、野菜を食べる、運動をする。でも同じように「今日はちゃんと挨拶できたかな」「感謝の言葉が足りていなかったかも」と振り返る人は、まだごくわずかしかいません。
前野教授の言葉を借りれば、健康と比べて100倍遅れている世界です。
印象的だったのは、幸福学の第一人者であるご本人が「自分も最初からできていたわけではない」と率直に語られたことでした。「やってみよう」は得意だったけれど「ありがとう」は苦手だった。奥様との出会いを通じて変わっていった。その実体験があるからこそ、「幸せは意識と行動で高められる」という言葉にリアリティがあります。
後編では、この「幸せに気をつける」という考え方を組織のなかでどう実践していくのか。ウェルビーイング経営の本質と落とし穴、そしてAI時代における人間らしさの価値について、引き続き前野教授に伺います。

(聞き手:株式会社オーケーウェブ 代表取締役社長 杉浦 元)
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